1 / 2
絶対零度
恋人…
恋人かぁ。
恋人って一体、何だろう?
丁度そう思ってた頃。
俺はそれが恋人ですらなかったことに気付かされることになる。
◇
クラスメイトの佐竹に「藤峰、俺と付き合ってくれ」と告白を受けたのは、大凡二週間ほど前の事だ。
佐竹は所謂イケメンだった。
明るく染めた髪が良く似合う、少々チャラっとしたイメージのイケメン。
だからと言ってオラオラしている訳では無く、話し方は柔らかく優しい雰囲気もあることから、女子からも男子からも非常に人気があった。
佐竹は男で、俺も男だ。
では、佐竹がゲイなのかと言われればその答えはNOであり、彼には最近まで美人な彼女が居たはずだった。
高校は共学であり、閉鎖的な男子校云々何ていう環境でもない。入学してから二年目の今だって、挨拶ですら殆んど交わしたことのない俺たち。
そんな佐竹からの告白は本当に謎だった。
それでも答えはYESの一択しかない。
何故か。
それはとても簡単な話だ。
俺がゲイであり、佐竹が好きだったからだ。
その謎な告白に怪しさが滲み出ていても、この奇跡の様なチャンスを手放すわけにはいかなかったのだ。
付き合ってからは、教科書通り一緒に帰るようになった。
佐竹が何時も一緒にツルむ仲間は、佐竹同様イケメンばかりで目立つ奴らが多い。
こんな状況を彼らが放って置くとも思えず、色々と覚悟をしていたものの…予想に反して騒ぎ立てられるような事も無く、不自然なほどにいつも通りの日常が流れていた。
俺と佐竹は、非常にプラトニックなお付き合いをしていた。と言うよりも、これは付き合っていると言えるのか? と言う程淡白な関係だった。
共に帰路につくが、何処かへふたりで寄って遊ぶことはない。そしてメールや電話をする頻度もかなり低い。
帰り道の会話はあまり弾まない。目もあまり合わないし、合っても直ぐに逸らされる。
付き合ってから二週間。俺たちは手を繋ぐ事すらしたことが無かった。
佐竹は何故俺に告白した?
佐竹は俺をどう思っている?
何を思って一緒にいる?
その謎は、案外直ぐに解けることとなる。
「おい佐竹ぇ~お前まだなのかよぉ」
「だよなぁ。もう二週間だぜ?さっさと終わらせねぇとお前、一ヶ月いっちまうぞ」
「たかだかキスだろ?このヘタレ」
放課後、人気の無くなったはずの教室に忘れ物を取りに戻れば、ぎゃいぎゃいと賑やかな声が聞こえた。
その会話の中に自分の恋人である人物の名前が入り、彼もその場にいるのだと知れた。
一緒に帰る約束も、今日は用事があるから先に帰って欲しいと言われた。
その理由が、これだった訳だ。
「お前ら、ちょっと簡単に言い過ぎ」
最近よく聞くようになった声に心臓が大きく脈を打った。
「俺と同じ男なんだよ? 幾らキスだけだって言ったって…」
「誰も、舌入れろなんて言ってねぇけど」
佐竹の声に、もう一つ声が重なる。
黒沢智哉 。
彼は隣のクラスの生徒で、佐竹たちのグループのリーダー的存在だ。
そして、俺が最も苦手とする相手でもあった。
「そ、そうだけど」
「なに怖じ気づいてんの。それとも、藤峰にマジで惚れたとか」
黒沢が吐き出す言葉には、いつだって何の熱も籠らない。
感情が無く抑揚のないその声が、俺はとても苦手だった。
凄く、凄く冷たい感じがするのだ。
それはもう、凍える程に。
「ンな訳ないだろっ!? な、何で俺がっ」
「あそ。だったら早く終わらせて来い。罰ゲームが終わらねぇ」
そこまで聞いて、俺は教室の側から離れた。
悲しさ……が無いと言ったら嘘になる。
だって、佐竹が好きだった。
ショックは受けている。
でも、それよりも納得してしまったのだ。
“罰ゲーム”と言う言葉に。
一緒に居ても楽しくなさそうな、何処か緊張した様子の佐竹。
俺から、いや、男からキスを奪う事が目的の罰ゲーム。
ああ、なんだ。そんな事だったのか。
納得しながら俺は袖で目元を拭う。
流れる涙なんて、幾らでも無かったことに出来るのだ。
◇
翌日の放課後、何時ものように佐竹が迎えに来た。その顔色は昨日よりも優れない。
きっと…今日実行に移すつもりなんだろう。
「………ふ、藤峰」
「なに」
「…………」
もう何度目か分からないこのやり取りに、佐竹が大きく息を吸い込んだ。ここは垣根が多くて、人の目に付きにくい。
「藤峰」
微かに震える佐竹の手が俺の肩にのる。佐竹の目的を知っている俺は、それに合わせることが容易に出来た。
自ら佐竹の方を向き、力を抜いて視線を落とす。足元に見える影が徐々に近付いた。
(ああ、俺のファーストキスが罰ゲームで終わる)
そう思いながら瞳を閉じた。
「やっ、やっぱ無理ッ!!!」
ドンっ、と掴まれていた肩を押され俺はあとずさった。
「無理無理無理ッ! こんな奴にキスとか無理だって!!!」
頭を抱えて蹲る佐竹に何と声を掛けたら良いか分からない。それ以上に、“こんな奴に”と言った佐竹の言葉に思ったよりもダメージを受けていた。
「さ、佐竹…」
それでもなんとか彼に手を伸ばし、立ち上がらせようとした時だった。
「さーーいあくーー!」
「お前結局アウトじゃん!」
「…………」
俺たちの前に、黒沢たちが現れた。
「俺には無理だって! もう罰金にしてくれよ!」
「……そんなに男とすんのが嫌か?」
夕陽の強い日差しの中で、一際冷たい声が降ってきた。
「そんなに難しいことだったか?」
「黒沢っ、俺は!」
まだ何か言おうとする佐竹を通り越し、俺の目の前に黒沢が立つ。
「…く、くろさ…ッ」
全員が息を飲んだ。
俺の見開く瞳の中に、何の顔色も変わらない黒沢の顔がいっぱいに映っていた。
声だけじゃなく、その整った顔さえも冷たく凍えそうな雰囲気。それなのに、重ねられた唇は焼けるように熱かった。
「っ………ンっ、」
唇を離された間合いで目が合い、思わず逸らす。
「ぁ…」
逸らした視線の先には、俺を射殺さんばかりに睨む佐竹が居た。何かを確認するかの様にもう一度視線を黒沢に戻せば、その目は意味有りげに細められる。
ああ、アンタは何て残酷な男なんだ…
きっとこの男は全部知っている。
俺が誰を見ていて、佐竹が誰を見ていたのかも、全部。
「このっ、クソ悪魔野郎ッ」
黒沢だけに聞こえる声で罵れば、黒沢は酷く愉快そうに喉をクツクツ震わせた。
END
ともだちにシェアしよう!