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snowdrop 後編

   全身がガクガクと痙攣する。  怖いからじゃない、発情し始めたからだ。  不味いと思った時には手遅れだった。  アルファのフェロモンに当てられ発情したカラダは、寒さではなく熱さに震え、奥底からズルズルと何かを引きずり出される感覚が俺を襲う。全身が快楽を求めている。  いつだって発情期は薬で抑えてきた俺にとって、初めてのその感覚は快楽と言うよりも恐怖に近かった。 「あっ、…あぁ…あぁあっ!」  一つ間を置いて、俺のカラダが爆発のようなものを起こした。内側から全ての熱を放出する様な、そんな衝撃。その瞬間自身でも感じた甘ったるい匂いは、紛れもなくオメガの発情フェロモンだった。 「わぁ、凄く甘い」  己のフェロモンよりも甘く蕩けた渚の声に耳を擽られると、あっという間にカラダは熱を取り戻す。  何だこれ。  訳がわからない。  こんな感覚、知らない。  怖い。怖い。怖い。  思わず目の前の渚から逃げ出そうと床を這うが、それは渚の手によって阻まれた。腰を掴み、引きずり戻される。 「ひゃぁああぁあぁっ!!」  渚が俺に触れた瞬間、触れられた肌から全身に電流が走った。刺激に耐えられずビクビクと痙攣するカラダは下半身から欲望を解き放つ。 「ねぇ、見てよメグ。ズボンがぐちょぐちょだよ」 「ひんっ!?」  ぐちゃぐちゃと濡れた下半身を揉みこまれても、俺はただ震えることしか出来なかった。  全身に渚のフェロモンが絡み付いて、思考が上手く働かない。  渚はペッタリと床に倒れ込んだ俺の背中に覆い被さると、腰骨の辺りから手を差し込みズボンを脱がし、下半身を曝け出させた。 「凄い…溢れて来てる」 「ンあうっ!!」  凄い凄いと口にする渚が、透明な愛液を大量に零しながらヒクつく秘部へと指を差し込んだ。粘着質な音を立てながら中で滅茶苦茶に指を動かし、渚が喉の奥で笑いを噛み殺す。 「何これ、とろっとろ」 「あぁ"あっ! あっ、やぁあ"ッ! ぁあっ!」 「一気に三本入っちゃった、解す必要は無いみたい。もう、挿れるね」  止めろ、何て言葉を出す暇もなく、熱過ぎる塊が中へとめり込んだ。何故かまたゴムを着けている渚のそれは、着けていない時よりも滑りが悪く引っかかる。それがまた、妙な悦を齎した。 「だめぇえッ、あ"っ、ぁあ"ぁぁあっ!!」 「くっ、」  あまりの快感に床を引っ掻くと、渚も強い締め付けに低く呻き、掴んだ俺の腰に爪を立てた。その痛みですら俺の頭の中を痺れさせる。  この身の内側は、これ以上無いって程奥へ入り込んだ渚を味わい蠢いて、出て行こうとすれば留めようと引き締まる。  発情してしまった俺の全身がアルファを、渚を、心の底から求めているのが分かった。 「はぁぁ、気持ちい。ねぇ分かる? 俺がいつもより興奮してるの。それにメグん中、俺が欲しくて堪らないって泣いてるよ」 「やっ、やっ、あっ! あっ!!」  オメガの発情によるカラダの疼きは、アルファの精液を取り込まないと治らない。それを分かっていて態とゴムを着けたのだと、頭の隅の方で理解した。  薬の効果も有るのか敏感になり過ぎたカラダは、小さく揺すられただけで脳天を突き抜ける様な刺激を拾って目眩を起こす。  例え隣にあるベッドの上で誰かが息を呑んで見つめていようとも、知らぬ間に自身が底なし沼に落ちていようとも。発情期を迎え、強く濃厚なアルファのフェロモンに脳髄を溶かされた今の俺には……ただひたすら貪欲に渚を受け入れる事しか考えられなかった。  何度絶頂を迎え、何度意識を飛ばしたか分からない。ふと目覚め開いた視界の先には、ベッドに腰掛け俺を見つめる渚が居た。そのベッドに明の姿は無い。残っていたのは、俺が明に付けたはずの手枷だけだった。 「やっと起きた」  優しく微笑む渚に身震いする。欲しいものを与えてもらえず燻ったままのカラダは、床の上で未だ発熱し続け俺を苦しめていた。そんな今の俺には渚の何もかもが毒にしかならない。  その、優しげな声ですらも。 「ちか、ちかよんな…」  力無く拒絶の言葉を吐いて、少しでも遠く渚と距離を取ろうと試みる。だがそれを引き止めたのは矢張り渚だった。 「ねぇメグ、昨日の夜のこと覚えてる?」 「は…?」 「昨日も俺たち、盛りのついた猫みたいにヤリまくったよね」 「それは…渚がっ」  怒気を含めて責める俺に、「そうだね」と言ってくすくす笑う。その姿はいつもの渚と変わり無いはずなのに、何故か俺は底知れぬ恐怖を感じた。 「ゴムを着けるって言ったら、珍しく何度もさせてくれたよね。だからメグは薬を飲まなかった」  急に何の話を始めたのか良く分からなかった。確かに俺は昨夜、明の寝静まった時間。出張へ行く前に少しでも多く触らせて欲しいと言う渚にカラダを明け渡した。  避妊を気にしなくて良いようにと珍しくゴムを使った渚に驚きながらも、薬の時間を考えなくて良いのは酷く楽だと思ったのを覚えている。 「昨日もメグ、途中で気絶したよね。その後にお風呂で洗ってあげたのは覚えてる?」 「お…ぼえてる」 「そこで俺が何て言ったかも、覚えてる?」  激しく抱かれすぎて気を飛ばした俺は、気付けば渚に風呂でカラダを洗われているところだった。秘部に指を埋めていた渚に何するんだと怒れば、コイツは… 「入れすぎたジェルを…掻き出してるって…」 「そう、そうだね、ジェル。ジェルを掻き出してるって言ったよね」  恐る恐る答えた俺に渚がケラケラと笑い声を上げた。 「何がっ、おかしいんだよ!」  先程よりも少しだけ理性が戻って来た俺の頭が怒りに染まる。けど、渚はそんな俺を気にすることもなく爆弾を投下した。 「アレ、本当にジェルだと思ってるの?」 「は…」 「メグが気絶してる間に、俺が何をしてたか考えなかった?」  一瞬で頭の中が真っ白になった。 「俺、前に言ったよね? ナマでするのも、中に出すのも好きだって。言っておくけどあれ、メグ限定だから。昨日も沢山中に出したけど、薬飲んでないし、今度こそ妊娠しちゃうかな?」  思わず叫び声を上げた。  気が狂ったみたいに声を上げて、全然言うことをきかない体を薬が仕舞ってある棚まで引きずる。  恐怖で震える手は思った以上に使い物にならないが、その手で必死に薬箱の中を混ぜた。そうして更に俺を襲う、絶望感。 「な、い…薬が、無い。何で…何で、何で無い!?」  引き出しの中に薬をぶちまけ必死に探すが、一向に緊急避妊薬が見つからない。それだけじゃない。その中には抑制剤すら見当たらず、あるのは妊娠促進剤だけだった。 「無い! 無い! 無い無い無い無いっ! 何で!」 「避妊薬なら、昨日のうちに全部捨てたよ」 「な…」  何でも無いことのようにサラッと言ってのけた渚は、目を見開いたまま固まって動かなくなった俺にゆっくりと近付いてくる。 「何か企んでるとは思ってたけど、まさか同じこと考えてたなんて。やっぱり俺たちは運命で結ばれてるんだね」 「……え…」 「やだな、気付いてなかったの? 俺たちは運命で結ばれた番じゃない。だから初めから通じ合ってたでしょう? なのに、いつまでも明なんか構うから」    我慢の限界、超えちゃったよ。  俺を見下ろす渚の顔から表情が消えた。その代わりに溢れ出す強烈なフェロモン。今までとは比べ物にならないプレッシャーが俺を襲い、自力で立っていることすら出来ず崩れ落ちそうになる。それを軽々と支えた渚は、その身を棚に押さえつけた。 「十分自由にさせてあげたよね? もう、俺のモノにしても良いよね?」 「あっ…あっ、」 「もう俺以外を見ないでね、メグ」  再び暴れ始めた果てし無いフェロモンの波に呑み込まれる。 「薬なんて飲むから感覚が鈍るんだ。ほら、今なら分かるでしょう? 俺たち、こんなにも惹かれあってる」  言われて気付く、本能の叫び。脳が、カラダが、俺の奥底が…今すぐ渚が欲しいと叫んでる。 「いや…なぎ、なぎさ、嫌だ」  怖い、怖いと棚にしがみ付いて泣く俺に、背後から覆い被さる渚が耳元へ囁く。 「大丈夫、怖くない。本能に従えば良いだけ。ほら、こっち向いて?」  顎を取られ後ろを振り向けば合わされる唇。一度小さく吸い付いて、その後は唇を食べるみたいに数回啄ばまれた。やがてそれは深さを増して、いつの間にか舌を絡みとられ、俺はみっともなく唾液を零しながら喘いでいた。 「はふっ、んっ、んんっ…はっ、ん」  ちゅう、くちゅっ、ぴちゃ…ちゅっ  耳からも侵されていくような感覚に陶酔し、気付けば自分から欲しがり口を開いていた。 「ふっ、可愛い」  優しい声に心が震えた。  何で?  俺が好きなのは誰だった?  俺をこうしているのは誰なんだ?  ううん、そんなことはどうでも良い。  直ぐそこにある、求めて止まない“ソレ”が欲しい。 「ンやっ、渚っ、渚ぁ」 「なに? どうしたの?」  そう言いながら、渚が自身の熱を俺の入り口へと押し付けた。 「ひゃあっ!! あっ、あぁっ、あっ」  浅ましい俺のカラダは貪欲に入り口をヒクつかせ、押し付けられたソレを呑み込もうとする。それなのに渚が良いところで腰を引くから、一向に奥へ呑み込めず気が狂いそうになった。  欲しいのに、与えてもらえない。欲しいのに、欲しいのに、欲しいのに… 「ぅああぁあぁぁああっ!!」  情緒まで不安定にった俺は涙腺を崩壊させる。子供みたいに泣き叫んで、欲しい欲しいと棚を掻き毟った。 「泣かないでメグ、ほら、良い子」  ちゅっちゅっと首筋に落とされるキスで余計にカラダが反応して苦しくなった。 「渚ぁ! あっあっ、なぎさぁあ!!」 「何が欲しいの? 何をして欲しいの? それが言えたら、メグの欲しいものを全部あげるから」  だからほら、ちゃんと言って?  欲しいものをやると言われて生唾を呑んだ。頭が痺れて上手く口が動かない。けど、欲しくて欲しくて涙が零れた。 「……れてぇ、なかに…なぎさの…いれてぇ」 「挿れるだけで良いの?」 「やっ、嫌だっ! 動いてっ、なか…出してっ」 「出して良いの? 嫌なんじゃ無かった?」 「出して…出してよぉ! 渚のっ、中に出してよぉ!!」  泣き叫ぶ俺の後ろで驚くほど楽しそうに渚が笑った。爆笑ってやつだ。そうして笑いながら、何の前触れも無く渚が俺の中に入ってきた。  勢い良く突き入れられた衝撃で俺はあっという間に達する。それでもお構い無しに渚は狂ったみたいに腰を振った。  知り尽くした俺の中を好き放題抉って、掻き回して、また突き入れる。 「ぃあ"うぅぅうっ!!」  待ち望んでいた渚の精液が熱と共に俺の中に広がったが、立ったまま穿ち続けるから溢れたそれが太ももを伝って落ちていく。  そんな光景を目敏く見つけた渚は、ソレを指ですくい上げ中へと押し戻した。 「ヒィッ!!」 「ダメダメ。少しでも多く中に入れないと」  また失敗だと嫌だから。  また、って何だろう。そんな疑問は敏感なカラダを揺さぶられれば直ぐにどこかへ消えていった。 「あっあっ! 渚っ、もっと、もっと!」 「分かってるよ。いっぱいあげるから安心して」 「ぃあ"っ! あうっ、ぅあッ!!」 「ふっ、く…っ、ふっ」  首筋に当たる渚の髪が擽ったい。激し過ぎる突き上げに、しがみ付いていた棚がガタガタと揺れた。未だ涙が溢れ続ける視界も同じ様に揺れる。そんな中に入り込んだ、一人の姿。 「ひあっ、う"っ! ンぁっ、あ、」 (あか…り…?)  誰もいなかったはずの部屋の入り口に、明が立っていた。 (ああ、そんな所に…居たのか…)  タオルで口元を押さえているし、その顔色は随分と悪い様に見える。大丈夫か? と声をかけたはずなのに、その声は下半身から奏でられる卑猥な音に見事にかき消された。 「見ちゃダメだって、言ったでしょうッ。この分からず屋!」 「ぅあ"っ!? ひっ! あっ、ぁあっ!!」  明を見ていた事を咎める様にして、更に強くなった蹂躙に俺は悲鳴を上げた。 「メグは俺だけ見てれば良いの。俺以外は見なくても良いの。分かった?」 「わぁっ…た、わぁったからぁあ、あっ」  何でも良いから、もっと中に頂戴。  それが言葉になったのかどうかは分からないけど、渚が笑った事だけは分かった。  後ろからうなじの辺りを舐められたかと思うと、その瞬間噛み付かれたのか鋭い痛みが走る。暫くそうして噛みつかれていると、不思議な感覚が鳩尾の辺りから広がって、それはやがて全身へと馴染んでいった。  少し離れた場所から誰かが駆けて行く音が聞こえた。その後に、苦しげに呻く明の声も。  けど、あまりにも楽しそうに後ろで渚が笑うから。幸せそうに俺に触れるから。カラダの奥が、満たされて行くから。  気付けば俺まで、笑ってた。  ◇  ベッドへ横たえた愛しい存在から名残惜しくも離れると、渚はリビングに置いてあったボストンバッグを手に取った。出張に行くと言って用意していたものだ。  ボストンバッグを手にして渚が向かったのは、先ほどから耳障りな音を漏らす洗面所。 「明」  名前を呼んだ声は随分と固く冷たい。だがそれに少しも気付かない明は、求めていた存在の登場に歓喜に満ちた顔を向けた。  そんな明に笑みを見せた渚に、明がまた頬を赤らめる。が… 「はい、明の荷物」 「ぇ…」 「仲良しごっこ、十分満喫したでしょ?」  どうぞ、と言って手に握らされたのは何処かの鍵。 「大学の近くにある学生マンションの鍵だよ。これが地図。取り敢えずひと月契約しておいたから、気に入ったら自分で契約更新してね」  明はただポカンとするしかなかった。  あれほど優しかった渚が、正にいま自分を切って捨てようとしている。  先ほど見せ付けられた巡との行為と、自分を捨てようとする渚。そんなどちらも悪夢の様な現実は、綺麗な夢しか見てこなかった明には理解しがたいことだった。 「なに、どう…して?」 「理解なんて求めてないから、早く出て行って?」 「なぎ、なぎさくんっ」  大きな瞳いっぱいに涙を溜めて自分を見上げる明を見た渚は、唾を吐く様に言い捨てる。 「二度と俺の名前を呼ばないで。呼んで良いのは、メグだけなんだから」  洗面所に立ち尽くす明を放置して、足早に巡の部屋へと足を向けた。  部屋に戻り再びベッドに腰掛けた渚は、未だ失った気を取り戻さない巡を眺めた。  発情期を迎えた巡のカラダは気を失っても未だアルファを誘う甘い香りを溢れさせている。先ほど番にされてしまったから、もう渚にしか感じられないだろうが。  ルームシェアを始めた頃はまだ発展途上だったそのカラダも、今では筋肉も付いて随分と大人びていた。それでも一般的な男性より少し細身であるのは、矢張りオメガの特徴なのかもしれない。  男であるのに子を孕む為に生まれた存在の男性オメガ。女の様な丸みや柔らかさは無いのに、引き締まった固い尻の間にある窄まりは喜んで男を迎え入れる。  きっとそれは、どの男性オメガにも当てはまる特徴なのだろう。だが、だからと言って渚が他のオメガに目を向ける事は一度も無かった。  男性、女性、オメガにベータ、時には同じアルファにも誘いを掛けられたが、そこには何一つとして魅力を感じる物は無かった。  出会った時から、渚の特別は巡だけ。それは運命の番だったからなのかもしれないが、渚にとって理由などどうでも良い事だった。  巡が自分のモノになるのであれば、理由など必要なかった。  過去に一度だけ、渚は罪を犯している。  散々巡の中に自身を残した後、避妊薬だと偽って妊娠促進剤を飲ませたのだ。口移しで飲ませたそれに、薬が違うと巡が気づく事は無かった。だが残念な事に、あの時はどうやらまだ巡のカラダが出来上がっていなかったのか、薬の効果も虚しく妊娠する事は無かった。  だから渚は待つ事にした。巡が自ら求めて来るその時を。しかしその時を迎える気配は一向に無く、いつまでたっても巡は明しか見ない。  もう限界だった。  これ以上別の誰かをその瞳に映す姿など見たく無かった。だから巡を嵌める算段を立てたのだ。邪魔者を排除しつつ、巡が嫌でも自分以外を見られなくなる様に。 「今度こそ俺を見てくれるよね、巡」  この時の為に渚は二週間もの休みを取った。  その間、発情した巡を狂う程に抱けば、きっと、今度こそ。  素肌を曝け出したまま眠る巡の下腹を撫でると、渚は仄暗い笑みを浮かべ、その肌へゆっくりと口付けを落とした。 END

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