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1-カレは今カレの元恋人
前から行きたがっていた店に入るなり恋人は顔色を変えて出ようと言い出した。
付き合い始めたばかりだが、こんなに焦っている姿を見るのは初めてのことで。
何が彼をこんなに焦らせているのだろうかと水村 は疑問に思った。
間接照明の落ち着いた明かりに彩られた瀟洒なインテリア。
適度な広さであるフロアの床はチェスボードを彷彿とさせる格子模様。
座り心地の良さそうなソファが設えられたテーブル席は平日の夜にして全て埋まっている、客の入りは上々のようだ。
出入り口なる赤い扉の向かい側には色とりどりの様々なリキュールを揃えたバーカウンターがあった。
奥に立つ一人の男と、水村の視線が、ばっちり重なった……。
後日。
年上の恋人が出入り口で回れ右したカフェバーを単身訪れた水村は即座にカウンターに腰を下ろした。
「何にしますか」
この間と同じ男がカウンターの内側に立っていた。
一重の細長い眼、短髪黒髪、長身。
バーテンだからといって仰々しいフォーマルというわけでもなく、VネックのTシャツにジーンズというこざっぱりしたコーディネート。
「アンタさぁ、メグっちの元カレか何か?」
「そんな品はないけど。ご所望なら作ってみようか」
現役大学生、二十一歳、気になっていた年上の美容師をやっと恋人にできて最近有頂天だった水村は噛みついた。
「おいッ、ばかにすんな!」
「話してやるからとりあえずオーダーいい?」
昼は古着屋の店員、夜はバーテンダーをしている二十八歳の北見 はため息混じりに水村へ言った……。
数時間後。
酔っ払った水村は北見のマンションにいた。
「そっ、そりゃあメグっちは美人だしもてるけどさぁ!!」
「はいはい」
「尻軽って噂もあるけどぉ!? 俺そんなの気にしてないし!?」
「ああそう」
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