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第5話 会社の後輩3
(なごみ語り)
「なごみさん……なごみさん?」
大野君の声で我に返った。集中しすぎていた様で、周りは僕と大野君以外誰もいなかった。閑散とした室内で、エアコンの風音が響いていた。
「みんな帰っちゃいましたね。なごみさんの集中力がすごくて、話しかけるのに躊躇いましたよ。そろそろ休憩しませんか?」
「あ、うん。大野君のパソコンは復活しそう。あともう少しでいつも通り使えるようになると思うよ」
「うわ、うわ、ありがとうございます」
作業は終わりそうだったが、大野君も休憩したがっているので、お言葉に甘えることにした。僕も目が疲れていた。
「コーヒーでよかったですか?」
「うん、ありがと」
大野君と誰もいない休憩室のベンチに座った。何だか変な感じがする。彼には色々面倒を見させられてきたが、2人っきりで話すのは初めてだった。
「本当にありがとうございました。なごみさんが居てくれたお陰で俺は救われました。何かお礼させてください」
「大袈裟だよ。救われたなんて」
頭を下げる大野君に、はははと僕は笑い、貰ったコーヒーを口にした。甘さが疲れた体に丁度よく染みる。
「なごみさんは、何か食べたいものがありますか?」
休憩室に大野君の明るい声が響いた。
すると、僕の頭の中に見覚えのある光景が広がって飲み込まれそうになる。息が苦しくなる感覚に涙が出そうになった。
『なごみは何が食べたい?』
ふいに優しい諒の顔が浮かぶ。
2人で台所に立ったのを思い出した。
諒は料理が上手で何でも美味しかった。
諒…………会いたいな。今どこで何をしてるのかな。
胸が苦しくなり、じわっと涙が滲む。
こんなことで泣きそうになるなんて、情けない。
隣に大野君が居るから、泣いちゃだめだ。みっともない。気合いを入れて、涙を堪える。
「なごみさん?」
「…………うーんとね、焼き鳥」
焼き鳥かぁ、それだったら……大野君の話は僕の涙を疑うことなく続いていった。
諒と別れてから元々ゆるい涙腺がますますゆるくなり、ちょっとのことで泣きそうになっていた。別れた当初はパブロフの犬みたいに諒を思い出すと自然に涙が出た。2ヶ月経った今は少しマシになったものの、まだ油断はできない。
すぐ泣いてしまうのは寝不足で弱っているからだろうか、身体も物凄く疲れていた。
「聞いてますか?俺の話」
「ひゃぁっ……」
ぼんやりしていると、大野君の顔が真ん前にあった。
驚きで思わず身体が跳ねる。
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