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第6話 会社の後輩4
(なごみ語り)
「ずっとさっきから上の空ですよ。疲れてますか?」
近い距離で大野君の顔を見つめた。丸くて綺麗な瞳と短い前髪が可愛らしい。普通の健康的な男子だ。彼を見ていると開ける世界が羨ましいとも思う。いつまでもうじうじしている僕とは大違いだ。
「うーん。疲れてるのかな………」
真っ直ぐな視線に耐えかねて思わず視線を逸らす。大野君はそんな僕を肩をポン、と叩いた。
「約束ですよ。来週の金曜日、焼き鳥へ行きますからね。残業も他の予定も禁止ですから、分かりました?」
「え、あ、あぁ。わ、分かった」
いつの間にか来週行くことになっていたらしく、大野君に何度もしつこく念押しされた。人の話を聞いていないもいいとこだと、情けなくて自虐的に笑った。
そして、大野君が僕を覗き込んだかと思ったら、何も言わずに右手の親指で僕の目元をきゅっと拭ったのだ。えっ?涙出てた?と一瞬頭が真っ白になる。普段見せていない弱い自分を、会社で出してしまったことにパニックになった。
黙って拭われたことが本当に恥ずかしかった。
「さぁ、作業に戻りましょう」
大野君が何も言わず、先に歩き出したので、慌てて僕もその後に続く。恥ずかしさで赤くなった頬はバレなかっただろうか。
涙の理由はその後も一切聞かれなかった。
程なくして作業は終わる。
僕は大野君と携帯番号とメールアドレスを交換して、なんとか日付が変わる前に退社できたのだった。
帰り道、ぼんやりと考えながら歩いていた。
夜中、諒とよくコンビニに行ったことを思い出す。手をつないで他愛のない事を話しながら、諒の歩幅に合わせながら歩くのが好きだった。
いつまでも続くと思っていたあの時間は2度と戻らない。
僕は久しぶりにコンビニに寄ってみることにした。トラウマになるのは嫌だったから、諒との日々があったから今の僕があるから、だから、乗り越えなきゃいけないんだ。
別れて3ヶ月。そろそろ前に進まないといけない時期に入ったのだと思う。なんとなく進みたいと心が言っている気がした。
僕は重いコンビニの扉を押した。
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