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第97話 揺れる乙女心8

(なごみ語り) 梅で有名な庭園の名前は知っていても、訪れたのは初めてだった。この時期は梅が満開で、辺り一面いい香りが漂っている。白や薄紅色、濃いピンク色の花が溢れんばかりに咲き誇っていた。 まさに『梅を愛でる会』にぴったりだ。 梅の見事な咲きっぷりに僕も一席お茶を呼ばれたくなるくらい、花を見てると癒される。ピンクや白が幸せな気分を運んでくれていた。 「どうもお世話になってます。光月庵です。お茶菓子をお持ちしました」 梅に見惚れながらも、大野君が押す台車の後ろをついて歩き、離れにある立派なお茶室にお菓子を運んだ。 「お世話様です。こちらへ置いてもらえますか」 着物姿のご婦人が迎えてくれた。どうやら茶道の先生のお弟子さんらしい。 「今日は寛人さんはいらっしゃらないのかしら。毎回お菓子の説明を聞くのが楽しみだったのに残念だわ」 ご婦人が大野君を見て残念そうに言う。 寛人さん……大野君のお兄さんは非常に人気がある。特に年配の女性にファンが多いように思う。数時間店番をしていただけなのに、それ強く感じた。真面目で一生懸命な所に心を掴まれるようだ。 硬派というか、和菓子が恋人みたいな雰囲気があり、愛情を注ぎ込んだ作品は美味しくない訳がない。 このお菓子達は寛人さんの子供なのだ。 「すみません。兄は手が離せない用事があり、代わりに今日のお品書きと手紙を預かってきましたので、目を通していただけますか」 大野君がポケットから白い封筒を出し、ご婦人に手渡した。 広げられたお品書きには、丁寧な字で1つ1つに説明文が記されている。 今日のために作られたお菓子もある。梅の花を象った紅梅色の練りきりに、うぐいすがちょこんと乗っているものだ。 これは僕も店で味見したけど、甘めに作ってあり、お茶に合うなと思った。 「まあ、ありがとうございます。お品書きも素敵だわ。寛人さんによろしくお伝えくださいね」 僕が言うのもなんだが、若いのに寛人さんは凄い。そこまでする必要がないのに、痒いところに手が届く気遣いで、お客様を虜にする。こんな人が兄でいるから、大野君はすんなり和菓子屋さんを寛人さんに譲ったのだと思う。 お菓子を入れている番重を貰うため、僕たちは少し待つことになった。 お茶室のそばにあるベンチに腰かけて、並んで梅を眺めていた。

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