96 / 270

第96話 揺れる乙女心7

(なごみ語り) 大野君のお母さんは、まるでファミリードラマに出てきそうな優しくて明るい人そのものだった。 僕は母親というものがイマイチよく分からない。ドラマに出てくるお母さんと、僕の母とは実像がかけ離れすぎているからだ。 だから、大野君のお母さんと僕の母は、『母』という名称こそ同じものの、中身は全く違った。 雪絵さんと呼んでほしいと言われたので、遠慮なく呼ばせていただく。 雪絵さんとの店番は楽しかった。大野君を作る基礎の部分が分かった気がする。 礼儀正しくて、笑顔が絶えない。 それでいて、彼女は場を和ませる何かを持っていた。まるで大学生の時に初めて諒の実家へ行った時と同じような感情を覚える。彼を包む全てが愛しく思えるような、あったかい気持ちだ。 「………それでね、隼人ったらね、部屋でキスしてるのを私に見られてね、ふふふ、顔が真っ赤だったわよ。今思うと傑作なの」 雪絵さんが大野君が初めて彼女を連れてきた話をしてくれた。 お約束の飲み物を届けようとドアを開けた時、大野君が彼女とキスをしていたらしい。 大慌てな高校生の大野君を想像して笑った。 たぶん、ちょっと泣きそうにもなっただろう。ふふふ。 「……なごみさん、何楽しそうに笑ってんすか」 後ろで作業を終えたらしい大野君がただならぬ雰囲気で仁王立ちをしていた。 「あら、隼人。梅のお茶会のお菓子は終わったの?今ね、洋一君にね、あんたが高校生の時に彼女とキスしてた話をしてたのよ」 「なっ、母さん、な、なんでそんな話をするんだよ。なごみさんも洋一君とか呼ばせて仲良くしないでください。これから配達ですから、一緒に来てもらえますか。量が多くて1人で運べないので手伝いをお願いします」 「わかった。雪絵さん、ありがとうございました。また色々教えてくださいね」 エプロンを外し畳んでから雪絵さんへ渡すと、彼女はにっこり微笑んだ。 「いいえ。洋一君は聞き上手で可愛いから、いくらでも話せそう。配達後は夕飯を食べに戻ってきてね。ご馳走作っとくから、気を付けて行ってらっしゃい」 雪絵さんとお兄さんに見送られて、僕たちは『梅を愛でる会』の会場へ向かった。 お店のバンを運転しながら、大野君は少し拗ねている様子に思えたので、慌ててフォローする。 「大野君のお母さんは素敵な人だね。お話も面白かった。そんなに怒らなくてもいいんじゃないか。許してあげれば」 「どこがですか。息子の汚点話を自慢げに話す母親ですよ。俺が恥ずかしいっつうの。ああもう情けない。思春期の失敗を披露されるこっちの身にもなってください」 大野君は不貞腐れながら、ハンドルに顎を乗せて呟いた。それでもやっぱり大野家はあったかくて僕には羨ましく思うのだった。

ともだちにシェアしよう!