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第95話 揺れる乙女心6

(なごみ語り) 『光月庵』は下町の商店街の中にあった。最近改装したという店は、モダンでシックなこげ茶と藍色を効果的に使用してあり、まるで日本庭園のような小さい池と鹿おどしが店先を彩っていた。池には真っ赤な金魚が冬空の下、涼しげに泳いでいる。 池の水は少しも濁っていない。誰かが小まめに掃除しているのだと感心した。 ガラス張りの店内には色とりどりの和菓子が見える。渉君が持ってきてくれた以外にも多種類並んでいるのが伺えた。これをお兄さんとお父さん2人で作っているならば、労力は半端ないのではないか。 ましてやお父さんが倒れたら、お兄さんは途方に暮れるだろう。大野君を頼るのは無理もない。 「なごみさん、こっちです」 「あっ、うん」 大野君に案内されて、店の奥に入る。 実は、大野君が家へ帰ることを決めた時、手伝う義理はないから帰るようにと何度も彼に言われた。 でも、こういう時は猫の手も借りたいに違いない。僕が役に立ってないと判断したら、速やかに帰ることを渋い顔の大野君と約束した。 「兄貴……帰ったけど」 厨房ではお兄さんが1人忙しく作業をしてる。作り上げたお菓子が所狭しと並んでいた。 「ああ……隼人、助かるよ、ありがとな。出先からすまなかった。あのクソ親父、休憩時間に自転車漕いでどこかへ行ったかと思ったら、陽子さんの所で手伝いしてたんだと。重いもの持ってその場でギックリだよ。情けない」 口は動いているが、それ以上に手が早い。僕は職人技をまじまじと見つめた。 「あれ、そちらの方は?」 「この人は会社の先輩で、なごみさん。手伝ってくれるって」 僕が軽く会釈をすると、お兄さんも頭を下げた。大野家は兄弟揃って爽やかだ。 「めちゃくちゃ助かります。よろしくお願いします。で、早速だけど、隼人は今日の夕方『梅を愛でる会』の為にお菓子を150個作ってるから手伝ってほしい。なごみさんは、洗い物と店先の母さんをサポートしてくれないかな。何故か今日に限ってお客さんが多いんだよ」 いつの間にか、大野君も白い調理服に着替えていて、手伝いを始めていた。薄紅色で花型のお菓子をさくさくと作っていく姿は、普段のスーツより似合っていた。こっちの方が様になっている。 ちょっと格好いいかな、と思ってしまった。 僕もエプロンを借りて洗い物を始める。 なんかこういうのは、すごく楽しくてわくわくした。

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