186 / 270
第186話 優しさで溢れるように1
(なごみ語り)
今年もあと少しで終わろうとしている。
長期の休みももうすぐだ。
クリスマスはお互い仕事で会えなかった。その分冬休みは2人で過ごそうと、様々なプランを計画している。今度こそ何年越しの海鮮丼を食べたいと隼人君が言うので、先ずは遠出をすることにした。
本当は温泉にでもゆっくり行きたかった。だけど思いついたのが最近で、どこも予約でいっぱいだった。
『一緒に温泉へ入りたい』と項垂れる隼人君を見て、予約が満杯で助かったと安堵する。彼は僕の裸を穴が開くほど見つめてくるので、最近では暗闇でも恥じらいたくなる位だった。
綺麗、綺麗と呟きながら全身にキスされたら、穴へ入りたい気分になる。しょうがなく今は見られても平気なフリをしているが、本当は全く平常心を保てていない。
仕事納めの日に簡単な掃除の後、出掛け先の社長から電話があった。
社長室の机上に大切な資料を忘れて来た。長期休み中に必ず精査しないといけない内容のため、次の日に自宅まで至急持って来てくれないか、というものだった。住所は存じている。
明日は隼人君と出掛ける予定があり、躊躇ったが社長命令なら仕方ない。
朝に寄ってもらおう。鞄に資料を入れて帰宅することにした。
社長は夏前に引越しをしたらしい。ある日、住所が変わったからと小さいメモを渡された。
社長には立派な実家があり、自身も有名なタワーマンション群で暮らしていた。引越し先は住所から察するに一軒家のようで、当時は大して気にも留めていなかった。
だが、その前に隼人君と立ち、大いに戸惑っている。朝の冷気が爽やかに僕たちを包んでいた。さっきまで繋いでいた右手が、資料が入る封筒を寂しそうに握りしめる。
「なごみさん……本当にここでいいんですか?白勢社長の自宅って」
「うん。住所は昨日も確認したから大丈夫の筈……なんだけど」
「ちょっと……いや、かなり社長とかけ離れたイメージの家ですね」
「隼人君もそう思う?僕も思った。別荘なのかな」
どうみてもタワーマンションに住んでいた人が引っ越すような物件には見えなかった。
何故なら築30年は経ってそうな年季の入った日本家屋だったからだ。庭は綺麗に手入れされ、赤い山茶花が寒空の下咲き誇っている。
大きな金木犀の木もあり、秋はいい香りがするのだろうと想像ができた。
積み重ねた季節を楽しむように、この家からは温かい雰囲気がする。何事もお金で解決しそうな社長とは正反対の匂いがした。
そして、気になることがもう一つあった。
表札にはでかでかと『東』と彫られていたのだ。東と言えば思いつく人が1人しかいない。僕の上司である東室長である。
ここには社長と室長の他言できない秘密があるのではないかと、なんとなく色恋の予感がした。
僕は意を決してインターホンを鳴らすことにした。
ともだちにシェアしよう!