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第211話円と渉2
(渉語り)
朝食後、大野が実家へ車を取りに行き僕を乗せて出発した。助手席には洋ちゃんが座り、僕は重役みたいに後部座席を1人で占領している。助手席は洋ちゃんの指定席で、大野といい雰囲気なのをただ眺めていた。僕とまどか君は車を利用しないので、この光景は羨ましい。
この2人はいちいち仲が良くて腹が立つ。自分では洋ちゃんを幸せにできなかったから、大野に見せつけられているようで不愉快だけど、事実だからしょうがない。
時折、大野に微笑み返す元彼の横顔が輝いて見えて、尚更恋人に会いたくなった。
道中で洋ちゃんの携帯が鳴る。なんと、休みの治療院にいるアスカちゃんからだった。日曜日にしか来れない患者さんの治療を偶にやっている。時と場合によるが、昨晩アスカちゃんが出勤すると言っていたことを思い出した。
神妙な面持ちで電話を切った後、洋ちゃんが振り返る。
「渉君。治療院に円くんが来てるって。ものすごく心配して夜通し探したみたいだよ。どうする?今すぐ行った方がよくないかな」
「良かったっすね。彼氏さん、浮気してなかったみたいで」
大野までこちらを見てくる。
「あ……うん。じゃあ治療院に行こうかな」
「了解しましたー。では、曲がります」
夜通し僕を探してくれたんだ。心配してるかな。ああ、なんだか凄く嬉しい。
車が右に曲がり、身体も傾きながら喜びを噛み締めた。
僕達が付き合った当初は、自分が甲斐甲斐しく彼の面倒を見ていた。いつものように、ご飯を作って、鍼も打っていた。だけど半年経った今、その立場は逆転している。
まさかのまどか君が僕の保護者みたくなっていたのだ。初めて体験する居心地は全く悪くなく寧ろ良過ぎて癖になりそうだった。
保育士であるまどか君は、プライベートは人に甘えたいかと思いきや全く逆だった。
人に甘えるより甘えさせたい欲が強く、気が付いたら僕はぐだぐだに甘やかされていた。昨晩の家出だって、今までの僕なら衝動的にそんなことはしなかった。良いのか悪いのか、僕は彼の前で感情を隠すことは無くなり、素でいることができた。
何をしても怒らない彼が、唯一不快感を示したのが、元カノに手を挙げたことだった。
いい大人が元カノと引っ張り合いの喧嘩をした挙句、全てを置いて飛び出したので、遂に怒らせたかと思ったのに……なのに、夜通し探してるとか何やってるんだよ。
寒くて風邪ひいたりしていないかな。
まどか君に早く会いたいな。
怒られたら素直に謝ろう。
頭が彼でいっぱいになり、前の2人は全く気にならなくなった。
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