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芹沢匠:終

「どうした?」  声をかけてきたそのオメガに、夕士が男らしい笑みを向けた。それが気に入らない俺は、冷たい視線をオメガに投げつける。だがそれは、相手に伝わらなかったらしい。俺と目を合わせたオメガが、ひっそりと頬を赤く染めた。 「あの…僕のこと、まだ覚えてくれてるかなぁ」 「もちろん覚えてるよ」 「ほんとぉ? 嬉しいなぁ」  媚びる仕草で躰を揺らし、オメガが夕士に色目を使う。そこから俺へと密かに流し目をした。その瞬間、はっきりと悟ってしまった。このオメガは、夕士を利用してまた、俺に抱かれようとしている。  そう…、過去に言い寄られた時も、俺はそのままこのオメガを抱いたのだ。  まだ少し夕士の匂いが残るオメガの躰に、ガキのように興奮し欲情した。  アルファのフェロモンに煽られ、ダラダラと欲望のままに漏らすオメガのフェロモンを避けて、必死で夕士の痕跡を探した。  誰のどの香りとも違う夕士のソレは、まるで麻薬のように俺の脳を、心を、躰を、アルファの本能をも痺れさせた。  偽物でもいいと思った。所詮この人生も、性にその運命を握られているのだ。  アルファがアルファに惚れたところで、この手で夕士を幸せにしてやることはできない。夕士を幸せにすることができるのは、アルファでもベータでもなく、オメガなのだ。  いつか彼に素晴らしい運命が現れ、そのオメガがこの世の誰よりも彼を幸せにしてくれるのだと信じていた。そう信じていたからこそ彼の匂いを付けた紛い物で我慢していたのに、夕士を幸せにしてくれるはずのオメガは絶え間なく彼を傷つけていく。 「ねぇ館川くん、また僕と過ごす時間を作ってくれないかなぁ」 「え? あ~、うん、俺は別に……ふあっ!?」  夕士を後ろから抱き込んで、その耳に息を吹きかけてやった。 「何すんだよ匠!」 「俺がいるのに、オメガなんか相手にするからだろ?」  俺の言葉にオメガが顔を引きつらせた。 「おい、その言い方やめろって前にも…」 「夕士」 「あっ! わ、やめっ、ンあっ!」  今日の明け方まで抱かれていた躰は、耳を舐め甘噛みしてやれば直ぐにその快感を思い出して甘い声を上げさせた。  手は彼の肌を求めシャツの下に潜り込み、敏感に感覚を拾い始めた素肌を意味深に滑る。 「たっ、たく、あっ」  俺が間違っていた。  愛しく想う、大切に想う相手を、自分以外の誰かに託すだなんて、なんて愚かな考えだったんだろう。 「匠っ、や…、あぁ!」  夕士に話しかけてきたオメガは、可愛そうなほど状況を理解できずに固まっている。周りに散らばっていた奴らも、この場の異変に気づき始めていた。  そんな衆人環視の中で、与えられる快楽に悶え瑞々しい花の伊吹のような声を上げ続ける夕士は、美しい。  彼を誰よりも深く愛せる者こそが、彼を幸せにできる者。  それはつまり、 「コイツは俺のだから」  睨みつけてやればオメガは顔を青ざめさせ、足をもつれさせて逃げていった。 「た…匠、何考えて…」 「悪いな夕士、お前を誰かに任せるのはやめたんだ」 「え…?」  奪った唇は、昨夜よりももっとずっと甘酸っぱくて全ての細胞に染み渡る。  お前も知っているだろう、夕士。この世の強者、アルファが決めたことは絶対だってこと。それが例え同じ性を持つ者相手でも、その意志が揺らぐことは、決して無いのだ。 END

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