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第10話

次の日、サージュは目が覚めると布団の中にいた。 辺りにはこぽっという水滴が割れる音がする。それは不思議に心地よく、また泡が割れる度にいい香りが部屋中に広がり部屋の中を包んでいた。 フォスが快適に過ごせるように魔法をかけてくれたのだろう。普段こんな事をしない人だからフォスなりに気を使ってくれたのは分かる。 頭はスッキリとしていて、昨日のことも鮮明に思い出せる。ただ昨日の事が、夢か現実かは判断出来なかった。あれ?全部夢だったかな?と起き上がろうとすると、体は全く言うことをきかず、体は動きを止めた。その痛みが、昨日のこともが夢ではないと教えてくれているように。 同時に襲ってきたのは昨日仕事を忘れていた羞恥心というやつだ。 体も綺麗で布団に入っているということは後処理は全てフォスがしてくれたのだろう。顔から火が出そうなるほど恥ずかしいくなり布団を被った。 昨日、僕は…何を…うわぁぁぁ!なぜ記憶がはっきりしているんだ!忘れてくれていた方が幾分マシなのに。と自分の記憶力を恨みながら、真っ赤になっていると部屋にノックの音が響いた。 「おはよう。サージュ起きたか?」 がちゃとドアが開き、フォスが朝食のパンを持って来た。フォスが朝ちゃんと起きて、しかも朝食まで用意してくれるなんてと驚き、慎重に体を起こした。 「おはようございます。早いですね」 「お前が遅いんだって。体大丈夫か?」 サージュは自分が思っていたより眠っていたらしく、もうすぐ昼を迎えようとしている時間だった。 「ありがとうございます。体は…」 と答えかけてサージュの顔がまた赤くなった。体が痛い理由を思い出したからである。 フォスはサージュの体を触り、問診するように優しく触れてたまにボソリと何かを唱えている。何か術を施してくれているのであろう。手を触れた所から魔力が温かく体内に染み込んでくるようで、ひどく心地いい。 「今日はゆっくり休んどけ。仕事は俺が全部やるから」 「えっ!?」 そんな優しい言葉に呆気に取られてサージュはフォスをまじまじと見つめた。フォスが自発的に仕事をするなど…そんな事を言われたのは初めてだ。 「なんつー顔してんだ。俺だって仕事ぐらいする」 「ほ…本当ですか?届いていたゾイロスの論文も読んでくださいよ?考察も送ってくださいね。育草部屋の薬草に水と養分を上げてくださいね。あと、ススリが魔法道具のペンとノート早くくれって催促が8回もきてましたよ?それから…」 「まだあんのか?」 呆れた顔でフォスはサージュを見つめる。 「ありますよ!フォスが自主的に言ってくれるなんて無いですから…言っとかないと…」 「あーはいはい。全部言え」 「あっ!魔法使い協会に提出の書類も期限が…!あれは、確か机の上…に…」 そこまで言って、サージュは顔が赤らんできた。机といえば昨日の事を思い出してしまったからだ。 「あー昨日、サージュが散らかした机ね」 あっけらかんとフォスが言った。 「なっ…!違…散らか…」 「床かもな。暴れてたもんな」 「あ…あれは…そもそも…フォスが…僕は…ダメって…」 サージュは語尾がごもごもと尻つぼみになりながら真っ赤になって布団の中に潜っていった。 「そもそもで言えばサージュが俺の精え…」 「あーそうですよ!!!」 元と言えばフォスが下らない噂をサージュに吹き込んだからである。しかし、口下手なサージュが、フォスに口で勝てる訳がなく、今以上にこの話題を掘り起こしたくなくて早々に白旗を上げた。 「ははは。まぁ…ゆっくりしとけよ」 サージュはからかわれたのが分かって悔しくて布団に潜り込んだ。 休んでいいものかとサージュは悩んだ。実は、サージュにはもうひとつフォスの父親、族長から任された大きな任務があった。それはフォスの在処をはっきりさせておく事だ。寝ている間に何処か遠くにいかれたら…とよぎったが、この距離なら寝ていても気配が掴めるだろう。 だから今日はお言葉に甘え、ゆっくり休ませて貰おう。 「お大事に」 フォスは笑って言って、サージュの腰元をボンっと叩いた。 「っっ…!!」 それはあとに引くほど痛くはないが、一瞬声を失うくらいには痛かった。 笑いながら部屋を出ていこうとするフォスに向かってサージュは腹が立って、思わず布団の中で陣を描き、魔法を唱えた。 杖もない現状では大したことは出来ない事は分かっている。それでもイライラしてつい、してしまったのだ。 次の瞬間、フォスは何かに押されるように二、三歩前につんのめした。 「…サージュ!」 フォスの顔は少し怒ったような、驚いたような顔をして振り向いた。 しかし、それ以上にサージュは驚いていた。 フォスを二、三歩押すほどの魔法、それはサージュの予想を遥かに超えた事だった。予想では少し小突くくらいだと思っていたのだ。 「お前ね!師匠に攻撃魔法かけんじゃねぇ!!」 「…す…すみません」 「…ったく」 フォスがぶつぶつ文句を言いながら部屋を出ていった後、サージュは布団の中で己の手を見つめていた。 なぜあんな魔法が出来たのか。体調も良くない、杖もないのに、自分の予想を上回る魔法が出た。 なぜ…?と考えていると、あるひとつの考えに至った。 「…まさか…」 昨日変わった事をしたといえば…アレしかない。 本当に効果があったのかとサージュは布団の中で頭を抱え、うんうんと唸っていた。 扉の外では、そんなサージュの様子を予想していたのか、フォスが「気のせいだよばーか」と舌を出して仕事に向かった。

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