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 思い出そうにも記憶にない以上は、何故こんな痕がついているのか分からない。  もしかすると此処には、残虐非道な行いをされていて耐えきれずに逃げてきたのだろうか。  思い出せないことがとてつもなく、もどかしく苦しかった。涙が溢れ出しそうになって、慌てて思考を振り払うと蛇口を捻って水を出す。  水に濡れていくトマトは、赤みを更に増したように見える。  視線をヒスイに向けると、ヒスイは手際よく釜に米を移し入れていた。光に鈍く反射している白い粒に、思わず息を呑む。  富山県で起きた米の価格高騰による騒動が、つい最近起こったはずだ。  手に入っているところをみると、終焉して政府が対策を打ち出したのだろうか。この場所がどこか分からないが、どの地域でも打撃は大きかったはずだ。政府だけに留まらず、資産家や商人も米を買い占めて反感を買ったというのは知っている。  知識はあるのに、自分がどうだったのか覚えていない。記憶の中で粟や麦を食べた記憶はないのは何故だろう。ひもじい記憶がないという事は、やっぱりどこか資産のある家にいた事は間違えないのかもしれない。  それなのに、手首には何か縛られたような痕が残っている。金持ちの道楽で、自分が戒められる事を望むのだろうか。それとも、自分はそういう趣向の持ち主で……  「洗うのに何時間かかるんだ」  振り返ったヒスイに冷たい眼差しを向けられ我に返ると、慌てて蛇口を捻り水を止めた。

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