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 此処(ここ)から立ち去ろうと決めると、落ち着かない気持ちから天野は昨夜は全く寝付けずにいた。  気がつけば薄ぼんやりとした白い光が窓から射し込み、部屋の中を微かな輪郭を生み出している。  空が白み始めたばかりにも関わらず、すっかり初夏を感じさせるような暑さが部屋の中の温度を上げていく。  天野は電気は付けずに筆を取る。紙に書き連ねた文字が、ぼんやりと浮かび上がって見えた。  震える手と揺れる視界に、一文字書くのすら随分と苦心してしまう。  なんとか書き上げると歪んだ文字に目を通してから机に載せ、力なく溜息を吐き出した。  着てきた制服に袖を通し、和箪笥から小さな布袋と葉書を取り出しポケットにしまい込む。  もう此処(ここ)にいるのが、耐えられなくなっていた。  恩も返せないのに、負債ばかりが増えていく。それならばもういっその事、この家を出るのが唯一の自分に出来る償いのように思えた。

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