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泰子の部屋を後にした天野は、緊張で震える足を無理やり動かし父の部屋に向かう。
父への説得は不可能なことは分かっていたが、それでも一応は試みるつもりでいた。
扉の前で一度深呼吸をしてから、天野は扉をノックする。短く「入れ」と言う低い声が聞こえ、静かに扉を開く。
天井に届きそうなほどの高さの本棚が左右に置かれ、中心には洋風な机が備え付けられていた。
雑然としている机の上で書き物をしていた父が、「何だ?」と顔を上げずに問いかける。久々に会った我が子に対して、煩わしいという態度の父に天野は密かに歯噛みした。
「父さん。高松家のご子息である達久さんの悪評はご存じないのですか? 泰子がそんな所に嫁いで、傷つき苦しむ様を考えたくはありません」
「私に意見するとは、お前も随分と偉くなったもんだな」
決して褒めているのでは無く、父のあからさまな嘲りを感じさせる低い声に天野は唇を噛みしめる。
「安心しろ。お前にも近々、縁談を持ち込んでやる。他人を心配をする暇があったら学業に専念し、天野家に利益をもたらす働きでもしたらどうなんだ」
取り付く島もなく、天野は血の気が引いて真っ青になった顔を俯かせる。
やはり父に何を言っても無駄なようだ。天野は立ち去る前に、最後に一つだけ聞いておきたいことがあった。その回答次第では、少し考えを改めようかとも思案していた事だった。
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