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 心も体も傷が増えれば増えるほどに、天野の中で死への願望が色濃くなっていく。もとからその予定であったが、この出来事がきっかけで決意を確固たるものとなった。  もう生きていくのにも疲れ果てていた。父に対しての恨みの念も何もかもを無に返したい。母が望んでいた「清純な心」など、もう何処にも無くなってしまっていた。 「おいっ!! 何してるんだ!!」  その声がヒスイのものだと分かり、天野は逃げるように池の奥へと突き進む。背後から水がバシャバシャと音を立て、波紋によって睡蓮の花が水面上で激しく揺れる。  来ないで欲しいと言おうにも、体温が下がっているせいか唇が震えて声が出せない。  そうこうしているうちに腕を強く捕まれ、天野は小さく掠れた声で「離して」と藻掻いた。水面が激しい水音を立て、睡蓮が逃げ惑うように天野から遠ざかっていく。 「何してるんだ!! 死ぬぞ」  ヒスイの力強い手に引きずられるように、無理やり池の(ふち)へと引き返されそうになる。 「は、離してください……僕は――」  死にに来たという言葉を吐き出そうと、天野は顔を上げる。ヒスイに鋭い視線を向けると、瞬時に言葉を失った。  ヒスイは血の気が引いた顔で池の縁を見つめ、天野の腕を引いていた。元々白い肌が更に白く、まるで死人のようでゾッとしてしまい口を噤む。  縁側でヒスイが『人間は脆い』と言って悲しげに俯いた顔を思い出し、天野は思わず唇を噛みしめる。毒気を抜かれ、ヒスイに引かれるまま池の縁へと身を乗り上げた。

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