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第12話

「あんの、タヌキジジィ!」  携帯電話を握りしめ、恭平は食いしばった歯の隙間から怒声を漏らした。 「俺をクビにしろだと? クソがっ」  上司からの電話は、社長になにをしたんだという質問からはじまった。まさかカッとなって襟首をつかんだとは答えられず、ムニャムニャとごまかしていたら「まあいい。とりなしてやるから、しばらくは溜まってる有給を消化ってことで待機してろ」と命じられた。  使うこともなく溜まっていた有給を消化している間に、長く真面目に働いてきた男だからと説得するか、社長の目につかない配属先を考える。あるいはモスキーウェストではなく、別の会社の警備になるかもしれないが、それは追って連絡をする。  言われた内容を反芻し、恭平は大の字に寝転がった。とりあえず今日からしばらくヒマになる。 「どうすっかなぁ……」  クビにしろと言ったくらいだから、おそらく社長は誠に話をしていない。 「誠ぉ」  寝返りを打って名を呼べば、やわらかな誠の笑顔と声が意識に浮かんだ。 (恭平さん)  耳奥に響く誠の声に、恭平の胸が甘く切なく絞られた。 「なんだよ、これは」  胸の前でこぶしを握り、体をまるめる。しばらくそうして感傷にひたっていた恭平は、ああーっと叫びながら起き上がった。 「まるまってたって、仕方ねぇ! せっかくの長期休暇だ。昼間っから酒を?んでダラダラ過ごしてやらぁ」  宣言してから立ち上がり、昼から開いてる飲み屋はどこだと考えながら、尻ポケットに財布をねじ込み外に出た。 * * *  数時間後。  すっかり出来上がった恭平がフラフラとアパートに戻ると、自分の部屋から明かりが漏れていた。 「うん?」  酔いのために重たくなった瞼を動かし、自分の部屋であることを確認する。 「なんだ、なんだぁ」  ドアノブに手をかけて開くと、誠が部屋にいた。 「……」  重たかった瞼が上がり、網膜にはっきりと誠の姿が映る。ポカンと口を開ける恭平に、誠が泣き顔でほほえんだ。 「ああ、恭平さん。……よかった」 「あ……う?」 「ええと、おかえりなさい」 「お、おう」 「どうぞ、中に」 「ん」  あまりにも唐突な再会の上に酒も回っていたので、恭平はうまく現状に対応できなかった。自分の部屋なのに誠に促されて上がるのも妙だと思いつつ、おとなしく靴を脱いでちゃぶ台の前に収まる。すると誠が水を運んできた。気が利くなと受け取って飲み干す。 「もう一杯、いりますか? それともコーヒーにしましょうか」 「ん。コーヒー」 「はい」  そそくさと台所に立った誠を視界の端で意識しながらタバコを取り出す。吸いながら気持ちを落ち着かせていると、コーヒーのいい香りがしてきた。 「ご飯は、どうします? 呑んできたのなら、もういりませんか」 「いや……ええと。なんだ」 「はい?」 「その、よぉ」  ズズッとコーヒーをすすった恭平は、顎をしゃくって誠を指した。 「なんで、ここにいるんだ」 「なんでって……迷惑、でしたか?」 「誰も迷惑だなんて言ってねぇだろう。いる理由を聞いているだけじゃねぇか」 「そう、ですね」  空気がぎこちない。こんなふうに間が持てないのははじめてで、よけいに居心地が悪くなる。かといってこの場から離れたいわけではなく、なにかほぐれる糸口はないかと視線を動かす。 「……あの、すみません」 「なにが」 「父が、恭平さんにひどいことをしました」 「なんで誠が謝るんだ」 「僕のせいでしょう?」 「なんでそう思う」 「父に聞いたからです」 「なにを」 「どうして恭平さんがいないのかって」  ふむぅと息を吐き出して、恭平は首をかたむけた。 「そんな、叱られる覚悟を決めたガキみてぇな顔すんじゃねぇよ。なんで部屋にいるのか、わかりやすく順番に説明しろ」 「はい」  居住まいを正した誠が唇を引き結び、気合を入れてから話し出す。 「あれから、僕はまた恭平さんを遠くからながめる日々に戻りました。もう恭平さんとは仲良くなれないと思って……けれど、恭平さんの姿を見ないではいられなくて」 「習慣だな。長年のクセみてぇなもんで、ちっとの間だけガマンすりゃあ、平気になるさ」 「平気になんて、なりたくありません。なれるとは思えませんし。……タバコ」 「あん?」 「恭平さんだって、タバコを止められないでしょう? それと似た感じです」 「ふん……まあ、そうか」 「そうです」 「で?」 「シフトを手に入れて、今日も恭平さんを見に行ったんですけどいなくって、どうしたんだろうって気になったんです。しばらく待っても恭平さんの姿はなくて。いつも恭平さんとペアの人が、見慣れない人と警備室から出て来たので声をかけたんですよ」 「なんで」 「だって恭平さん、シフトに穴を空けたことなんてなかったから。病気かケガでもしたのかって心配になったんです」 「で?」 「いつも恭平さんと一緒にいる方が、くわしくは言えないけれど社長とモメたんだって教えてくれたんです。もうここには来ないかもしれないって。それで、どういうことかと父に聞いたら、あんな男とは二度と関わるなと言われて」 「どんなやりとりをしたのか、聞いたのか」  首を振った誠に、教えてほしいと目顔で問われる。 「おまえの連絡先を教えてくれって言ったんだよ。で、まあ、もののはずみで襟首を掴んじまった」 「どうして」 「どうしてって……なんか、カッとなっちまったからだよ」 「どうしてカッとなったんですか」  うーんとうなってタバコをふかし、どうしてだろうと考える。 「なんか、他人事みてぇだったから……かな」 「他人事?」 「自分の息子のことなのによぉ。俺には関係ありませんって顔されて、なんかムカついたんだよな」 「父はそういう人ですから」  あきらめを含んだ誠の微笑に、恭平は苛立った。 「その顔だよ」 「えっ」 「そういう顔をさせてるあいつに、ムカついたんだ」 「それは……どういう……?」 「ああ、まあ。その話はあとでいい。それで、俺と関わるなっつわれたのに、なんでノコノコ部屋に上がって待ってたんだよ」 「だって、恭平さんが僕のせいでクビになったら大変じゃないですか」 「そりゃあ俺の勝手っつうか、あのビルをクビになっても別の会社の警備に回されるだろうし、誠が心配するようなこっちゃねぇよ」 「ですが、責任は僕にあります」 「責任があるっつって、そんで? 俺に会いに来たら問題が解決するのかよ」 「それは」 「しねぇだろ」  うなだれる誠に、やれやれと息を吐きながらタバコの火を消した。 「俺をクビにしないでくれって、オヤジに文句を言ったって聞き入れられはしねぇだろ」 「……はい」 「代わりに、俺に別の職場を紹介しようってんでもねぇんだろ? それとも、そんぐれぇの権力か人脈かがあるってのか」 「ありません」 「じゃあ、なんできた」 「…………それは、恭平さんの姿が見たくて」 「なんで」 「不安になったからです。恭平さんがいないなんて考えられない。想像したこともなかったんです。シフトには必ず恭平さんの名前があって、その時間帯に行けば恭平さんがいる。それなのに恭平さんはいないし、シフトを確認したら恭平さんの欄は線が引かれて別の人の名前が記入されてるし」  言いながら体をちいさくしていく誠の肩に触れたくなって、恭平は新たなタバコに火を点けた。 「で」 「で……って……」 「それで。俺の姿を見て、どうするつもりだったんだ。さっきも言ったけどよぉ、俺のクビを取り消しにするとか、別の仕事を紹介するなんてこたぁ、できねぇんだろ?」 「それは、そうですけど……でも、いてもたってもいられなくて」 「俺はなんとかなるから、心配いらねぇよ」 「そう……ですか。僕のせいで、すみません」 「おう」 「それで、あの」 「なんだよ」 「どうして父の襟首を掴んだんですか」 「そりゃあ、さっき言っただろ。おまえの連絡先を教えてくれって話の途中で、そうなっちまったんだって」 「僕の連絡先を聞いて、どうするつもりだったんですか」 「そりゃ、決まってんだろう。あれだよ、ほら」  きょとんとする誠に、あれだあれだと言いながら言葉を探す。 (俺ぁ、なんで誠と連絡を取りたかったんだ)  それは後味の悪い別れ方をしたからだ。 「ああ、ほら……契約書」 「あれがどうかしたんです?」 「ありゃ、まだ有効だろう。その、レポートだかなんだかを完成するまでは、よ」  目をまたたかせて誠が首をかしげる。 「それは、今後も僕につきまとわれるのかどうかが、気になっているということですか」 「ああ、うん……まあ、それもあるけど……なんつうかなぁ」  部屋の中に視線をめぐらせた恭平は、取り込んだまま床に放置していた洗濯物が、きちんと畳まれているのに気がついた。 「掃除、してくれたのか」 「ええ。じっと待っているのも落ち着かないので、掃除と……あと夕食も作っておきました」 「そうか」  ふむふむと首を動かし、恭平は座り直した。 「あのよ、誠」 「はい」 「ええと、その、あれだ。おまえ、ひとり合点して俺の感想を聞かずに帰ってったろう」 「え」 「手伝いをしろって契約書にサインまでさせといて、結果を聞かないっつうのは、おかしくねぇか」 「まあ、そう……ですね。ですが恭平さんは、その……僕に恐怖は感じなかったのでしょう? それだと研究対象としては不適切だったということで、レポートにまとめるのは難しいですし、僕のもともとの目的は恭平さんと親しくなることですから、正直なところ実験結果はどうでもいいんです」 「誠は、俺と結婚してぇのか」  問いが意識に浸透しなかったらしく、誠が目をぱちくりさせる。 「だから、俺と結婚してぇのかって聞いてんだ」 「ええと、どうしてそう思われたんですか」 「押しかけ女房とか言ってただろう」 「僕に抱かれたのが、気持ちよかったんですか?」 「なんでそうなるんだよ」 「腰のあたりにつけ込んで、なし崩しに……というものなんでしょう?」 「ああ、まあ、間違っちゃいねぇがよ」 「また僕に抱かれたくなったから、連絡を取ろうとなさったってことですか」 「違ぇよ」 「じゃあ、気持ちよくなかったんですか」 「その話は、ひとまず置いとけ」 「結果を聞かないのはおかしいって言ったのは、恭平さんです」 「ああもう。めんどくせぇヤツだな、おまえは」  せわしなくタバコを吸っては吐きながら、どうしたものかと考える。 「あー、とりあえずだ。ビール持ってきてくれ」 「答えをまだもらってません」 「素面でできる会話かよ」 「呑んできたんでしょう?」  酔いなどとっくに冷めている。そう告げるのもめんどうで、恭平は「いいから」と手を振ってビールを取りに行かせた。  誠は缶とグラスだけでなく、つまみとして豆菓子も運んできた。 (気が利くんだよなぁ……コイツ)  買った覚えのない豆菓子を見ながらグラスにビールを注ぎ、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干す。 「……よかったよ」 「えっ? なんですか」 「だから、よかったっつってんだろ! 二度も言わすな、はずかしい」 「それは、僕とのセックスがってことですか」 「その話をしてただろうが」 「ああ、よかった! 勉強をしたかいがありました。恭平さん、乱れてくれましたけど、縛りあげての無理やりには変わりなかったので不安だったんです」  晴れやかな誠の頭を平手で叩く。 「いたっ」 「うるせぇ。その話はこれで終わりだ。俺と結婚してぇのかって質問の答えをよこせ」  ほころんでいた顔を引き締めて、誠が背筋を伸ばした。 「法的には無理だと理解していますが、そのような関係になりたいと望んでいます」  ふむ、と鼻を鳴らしつつ、恭平は豆菓子をつまんだ。 「本気で言ってんのか」 「でなければ、こんな犯罪じみた行為はしませんよ」 「犯罪じみたっつうか、充分に犯罪だと思うぞ。まあ、俺が訴えても、契約書があるから合意の上だって言い逃れができるけどよ」 「そんな! そんなつもりで僕はサインを求めたんじゃありません」 「わあってるよ。けど、結果的にはそういう状態になってんだ」 「そ、れは……」 「ったく。頭がいいくせに、そんなとこには気がつかなかったってのか」  すみませんと、か細い声で誠がうなだれる。 「責めてるわけじゃねぇよ。なんだ、その、なんつうか」 (なんて言えばいいんだ? 俺はどうしてぇんだよ)  自問しながら誠を見つめ、あーっと言いながら乱暴に頭を掻いた。 「よし、わかった!」  膝を打った恭平は、よしよしと自分に向けて繰り返す。 「誠の気持ちと言い分は、よくわかった」  咳払いをして、よく聞けよと体をまっすぐ誠に向ける。 「レポート云々は口実で、とにかく誠は俺と仲良くなりたかったってことでいいか?」 「はい」  恭平につられて、誠もビシッと背筋を伸ばした。 「それで、俺がどう思ったのかを知りたいんだよな。誠の研究対象は、女の心理とかじゃなく、俺自身だったってことだ。違うか?」 「違いません」  確認を終えた恭平は腕を組んだ。 「実験の結果を教えてやる」 「はい」  誠の満面に緊張がよぎった。恭平も緊張の渇きを感じて唇を舐める。 「俺はチカンにもストーカーにも頓着しねぇヤツだった。けどまあ、娘がされたらって想像したら、ちっとばかし考え方は変わったけどよ。それは誠が欲しい結果とは無関係だな」  身じろぎもせずに聞いている誠の視線を唇に感じて、恭平はまた舌で唇を湿らせた。 「それと、あれだ。あの、縛ったりなんだりのあれな。あれも実験のために勉強したんだったか」 「はい」 「あれなんだけどよぉ。まあ、悪くなかったっつうか、なんつうか」 (気持ちよかったはよかったけど、抱かれるっつうのはちょっと抵抗あったな)  しかし注がれた瞬間に、その感覚は砕かれた。それを自覚していながらも、恭平の理性はそれを認められないでいる。 「ああ、なんだ。その……怖がらせたかったんなら、覆面をするとかなんかして、誠だってわかんねぇようにするべきだったな。相手がおまえだってわかってたら、怖くもなんともねぇよ」 「でも、知り合いに襲われるという状況は、恐怖心をあおるものではありませんか? ドラマなどでも、親切な人間に裏切られて怯える描写はすくなくありませんよ」 「それで、思い切り俺に嫌われるつもりだったってか? 違うだろ。腰のあたりにつけ込んでどうのこうのって言ったじゃねぇか」  口をつぐんだ誠に、ったくよぉとボヤきつつ口の端を持ち上げる。 「どっちもってハラだから、中途半端になったんだろう? 恐怖を与えて相談に乗って、やさしく接して手に入れるって方法にするか、押しかけ女房よろしく世話を焼いて気持ちよくさせて居座るか。どっちかに集中してりゃあ、なんとかなったかもしれねぇのによぉ。欲張っちゃいけねぇってことぐらい、誠の頭ならわかったんじゃねぇのか」 「それは……そうですけど」 「せっかく俺が、誠が女ならって何度も言ってたんだから、恐怖のセンは切り捨てて、なんかこう、うまいこと誘導してヤッちまう方向に持っていってたら、まあ……成功したかもしんねぇのによ」  キュッと誠が下唇を噛み、悔しそうに眉を曇らせる。 「料理はうめぇし、気も利くしよぉ。俺を気持ちよくさせようって考えて、縛るのとかヤル方法とか、勉強するぐれぇの頭はあんのに」  もったいねぇなとつぶやくと、それだけではありませんと誠がうめく。 「ん?」 「料理も勉強したんです。……恭平さんがどんなものを好むのか、追いかけている間に行きつけのお店を知って、そこでどんなものを食べたのかを覚えて練習したんです。自然とできるようになったなんて、ウソだったんです。家政婦がいて、ちゃんと食事は用意されていましたから。その家政婦に頼んで、料理を教えてもらったんです」  ウソをついてすみませんとうなだれる誠に、謝ることじゃねぇよと恭平はタバコに手を伸ばした。どうにも心が落ち着かない。それをなだめたくて自然とタバコを掴んだが、いまは吸う場面じゃないなと手を離した。 「ほかに、俺にウソついてたことはねぇか? ええと、なんだ。まとめると、誠は社長の息子で、ガキんときに俺にやさしくされたからうれしくなって、そっからストーカーになったってことだな。そんで、俺好みの料理が作れるように練習して、俺をナニするためにあれの勉強もしたってことで。……つうか、おまえ俺を抱きたかったのかよ。こんなむさくるしいオッサンを?」 「恭平さんは、むさくるしくなんてありません。とても魅力的で愛らしくて、やさしくてかっこいいです」 「あ、愛らしい?!」  自分にはとても似合いそうにない単語に頓狂な声を出したが、誠は真剣そのものだ。本気だとわかった恭平は咳ばらいをし、好みは人それぞれだからなと自分に向けてつぶやいた。 「恭平さん!」  ガッシと手を握られて膝を寄せられ、恭平はのけぞりながら「お、おう」と返事した。 「すごく悩んだんですよ。もちろん、女性の裸に興味はあります。けれど一番興奮するのは恭平さんとの行為を妄想するときです。――あ! お風呂をのぞいたりはしていないので、大丈夫です。そこまではさすがに……いえ、ちょっと気になるときもありましたが、そこまでするのはさすがにダメだと思ったので、控えました」 「強姦したヤツに言われてもなぁ」 「そ、それは……その、あの」 「なんだ。謝らねぇのか」 「謝りたくありません」 「なんで」 「謝罪して済むことじゃないですし、謝罪は反省をして、二度としないと誓う行為でしょう? 僕はいまでも……むしろこのまま恭平さんを押し倒して、恭平さんの顔を見ながらシたいです」 「わかった! わかったから、ちょっと落ち着け……って、うおっ」  グイグイと迫られて倒れた恭平は、切ない瞳で見つめてくる誠に親愛を含めた苦笑を漏らした。 (飼い主にじゃれつくでっけぇ犬かよ) 「恭平さん」 「ああもう、わかったよ……わかった、降参だ」 「どういうことですか」 「あのな。この状況は、ぶん殴られても文句言えねぇって理解してるか?」 「恭平さんは、僕が嫌いになったんですか?」 「そういうことを言ってんじゃねぇよ。ったく……危なっかしくて野放しになんてできねぇじゃねぇか」  どういうことかと誠が首をかしげる。その頭を軽く叩いて、すぐに撫でた。 「俺は愛だの恋だのってのが、正直よくわかんねぇ。別れた女房と結婚したのも、好いた惚れたっつうより居心地がよかったっつうか、コイツと一緒にいてぇなって思ったからだったからな。まあ、それを惚れたって言うのかもしれねぇけどよ」  なんの話かと、誠はおとなしく聞いている。 (でかい図体して、ちっせぇガキとおんなじ顔してやがる)  ムクムクと庇護欲が湧いてきて、心の奥が柔和な熱に包まれた。 「ったく。それで、誠はもう実験は終わりにするつもりなのか」 「ええと……話の流れが見えません」 「俺のことはキレイさっぱりあきらめるのかって聞いてんだ」 「未練があるから姿を探して、恭平さんがクビになるかもしれないって知ったんですよ」 「だったら、もうちぃっと根性を見せてもいいんじゃねぇか?」 「――え」 「とんでもねぇことをしかけた相手が、俺でよかったな」 「どういう……ことですか」 「だから、俺が細けぇことを気にしないヤツでよかったなっつってんだよ。わかるか?」 「わかりません。はっきり言ってください」 「俺がオッサンだってことは気にしねぇっつうか、気にしなかったのか」 「恭平さんは恭平さんだから、恭平さんなんです」 「なんだそりゃ」 「性別や年齢も含めて、恭平さんだってことです。――だから、自分が女だったらとも思いません。恭平さんに、僕が女だったらって言われても平気でした。僕自身を好きになってもらう気でいましたから」 (こいつぁ、まいった)  思いとどまらせるための説得の材料も――もとから本気でするつもりはなかったが――これで尽きたと、恭平は覚悟を決めた。 「押しかけ女房になりてぇんなら、このまま住んじまえよ」  えっ、と誠から表情が消える。 「……いいん、ですか?」 「いいもなにも。そうなりてぇんだろう? 困ったことに、ケツ掘られても腹立つどころか、その、まあ……悪くねぇって思っちまったんだから、しかたねぇよな」 「しかたない」 「どういう理屈かわかんねぇけど、軽いイタズラをされた程度にしか感じてねぇんだ。それに、誠の飯が毎日食えるんなら、性別だとかなんだとか、どうでもいいかと思っちまった」 「それは俗に言う、胃袋を掴んだということでいいのでしょうか」 「まあ、そういうこった。これから先、こんなオッサンと一緒になりてぇっつう奇特なヤツが、おまえのほかに現れるとは思えねぇ。それが、うまい飯を作れて気が利いて、口うるさくもねぇ上に……ああ、その、なんだ……床上手と言えなくもねぇってんなら、もったいねぇだろ」  見開かれた誠の瞳に、みるみる涙が盛り上がる。 「な、泣くなよ」 「うれしくて」  照れくさくなって唇を尖らせた恭平は、誠の頭を胸に引き寄せた。 (泣くほどうれしいって……まあ、悪くねぇけどよ)  グズグズとしゃくりあげる音を聞きながら、恭平はニヤけた。 「恭平さん」 「ん?」 「その……シたいです」 「えっ」  涙に潤んだ誠の瞳に、劣情の炎がちらついている。 (こういう状況でシたくなるのも、まあ……そうだな。なるよなぁ)  羞恥心や男としてのプライドを押しのけて、恭平はぶっきらぼうに視線をそらして返事した。 「慣れてねぇんだから、やさしくしろよ」 「はい」  弾んだ誠の声が唇に触れた。それを大事に受け止めた恭平は、熱っぽく伝えられる彼の気持ちを心の奥にそっと飾った。

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