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窓の外に雨が降っていた。徐々に舞い上がった埃の独特の匂いと、刺す様な真冬の冷気が辺りに立ち込める。 顔を上げた先には、真剣な様相で此方を射抜くライトブルーの双眼があった。 雨脚を避けた民家の中で、ダンが肩を掴んで覗き込んでいた。 「…どうしました」 呆然と回想から覚めて動けない上官に、ダンは訝しげにその両頬を捉える。帰って来た現実は、冬の色を増して恐ろしく冷たかった。 「ダン」 ブラックウェルが顔を覆った。何かから目を背ける様に、薄れそうな記憶を護る様に。 驚くダンを余所に、消え入りそうな声で懇願した。 「もう、俺に関わらないでくれ」 青い目が見開かれる。 震える肩を抱こうとして、明確な拒絶を感じた手が止まった。 「頼む」 「少尉、何を」 「お前と居ると駄目なんだ、きっと」 ダンは懸命に言わんとする事を汲み取ろうとした。好き勝手に抱いて怒らせたのは何度目か分からないが、今の様子はそんな生易しいレベルでは無かった。 「どういう事ですか」 努めて穏やかに尋ねようとして、結局問い詰めていた。 項垂れたブラックウェルが、酷く悄然とした声で呟いた。 「ありがとう、お前は良い奴だな」 「そんな訳無いでしょう」 「俺の姿が余りにも馬鹿らしくて、気に掛けてくれたんだろう」 やっと顔を上げた上司がダンを見た。自嘲を多分に含んだ表情を、部下は眉を寄せて睨み付けた。 「…でも良いんだ、それで」 窓の外がやがて雷雨に変わった。騒音に満たされている筈が、2人の空間は恐ろしく静かに感じられた。 「俺は、あの人の側に、ただ…」 泣きそうな声だった。 絞り出された本音を耳にして、ダンの動きが止まった。 弛緩した両手が、だらりと垂れ下がった。 もしかして。 ダンは無表情に雨音を聞きながら、もう目線すら合わせない相手をぼんやりと見据えた。 もしかして自分は、何か勘違いしていたのだろうか。 どうしようもない想いを抱えて縛られた鳥が、傍観できないくらい可哀想で可愛らしかった。 そうして愛して手を差し伸べてやれば幸せになれるんじゃないかと、安易な考えを抱いた。 然れどもし、本当の幸せがどんな形であれ、彼の側に居る事でしか、成立し得ないとしたら。 基地に戻る旨を聞いた時、その前に想いを告げようと決めていた。事は後先になったが、まさにその為に此処に来た筈だった。 ダンは結局この場になって、考えていたすべての言葉を彼方に追いやり、瞑目した。 相手が望んだ通り、静かに踵を返し、背を向けて歩き出す。 やがて音も無く部屋を去って行った部下をブラックウェルは何も言わず、暗がりの中でただ、微動だにせず見送っていた。 >next, chapter.4

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