「意味不明だろ？要するに三次元的に考えると、宇宙空間自体が絶えず膨張してるらしい。しかし膨張の仕方は中のエネルギーに基づくから、将来的には消滅するんじゃないかとも言われてる」 宇宙が消滅する？そうすると、一体何がどうなるのか。 ブラックウェルの顔が益々疑問符で満たされる。それにしても、改めてこの上司の頭の中もどうなっているのか見てみたいが。 其処でやっと、アッカーソンが視線を下ろして困惑する相手を映した。 「分からない事を考えるなよマリア」 微笑を湛えた表情が眩しく、ブラックウェルは目を細めて魅了された。 「何の為に生きるかなんて考えるな、俺だって知る訳無い。そんな事を悩んでる間に死ぬかもしれない、世界とは斯くも非情なものだから」 心地良い声色がするりと体内に流れ込む。昼間のメドウズの問いが、漸く完結した様に思えた。 記憶の中で包丁を構えた夫婦の姿が段々と薄れていく。代わりに流れ込んで来たものを、ブラックウェルは黙って見据えていた。 「…それでもお前が未だ不安だって言うなら」 大きな手が、ブラックウェルの頬を包んだ。 溜め息が零れそうに綺麗な、一際輝く翡翠の恒星が自分を射抜いていた。 「いっそ、俺の為に生きてみるか」 広大な星の下で、輪郭だけが照らし出された姿を風が攫う。 ２人だけの夜が切り取られた様に、気付けば他のすべてを排していた。 世界は音を失くした。星も、僅かに生温い風も、茂る草花の香も。忽然と認識されなくなって、消し飛んだ。 そうして目の前に立つ、悠然と己を映す姿だけが存在した。 穏やかに佇む相手が、どうしようも無かった。 ただ綺麗で、傲慢で、強かで、 優しくて、恐ろしくて、心地よくて、 言葉すら吐けずに、感情が零れ落ちそうな瞳で必死に追っていた。 「付いて来い、マリア」 絶望的な戦場でも。何一つ活路の無い火の海でも。すべてを奪われて独りになっても。 この存在だけを覚えて、迷い無く目指せば良い。 目の前の恒星だけは、絶対に消える事は無い。 ブラックウェルは戸惑い無く頷いた。 衛星に、なる。 最期は貴方を護る盾になる。 だからどうか、 側に置いて欲しい。 「――尉、」 記憶の中の上司が柔らかに笑う。 ブラックウェルは己の肩を抱き締めて、乱れ始めたその映像をどうにか追い掛けて掴もうと、必死に足掻いた。 「少尉」 ノイズの様に、思い出を雨が横切り始めた。 誰かが呼んでいる。 ブラックウェルははっとして顔を上げた。