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「あの面を見る限り、もうお前に絡んで来る事は無さそうだな」 「…ああ、はい」 「しかしお前の演技力には驚…」 夜道を先行していたアッカーソンは其処で振り返り、益々遠ざかる部下に眉を顰めた。 「何だよ」 「いえ…ちょっと独りで帰らせて下さい」 此方を見ようともせず、遠くに視線をやったままの相手に訝しげにアッカーソンは脚を止める。 「また散歩か?」 ブラックウェルが曖昧に首を縦に振る。何だか邪険にされている気がしなくもない。 流石にやり過ぎたかと思ったが、執拗な男を追いやるには致し方無かったのだ。多分。 アッカーソンは動こうとしない部下の腕を掴み、有無を言わせず帰路を逸れて歩き出した。 「え、いや、何処に」 「無関心なお前は知らないだろうが、今は天の河が一番綺麗に見える時期らしい」 そう言えば一昨日マクレガーに同じ話をされた。夏の大三角形が云々という話もされたが、申し訳ない事に全く耳に入って来なかった。 実生活に余り必要ない情報は優先的に抜けて行く、我ながら詰まらない人間だ。無理矢理引き摺られながら、ブラックウェルは眉を寄せた。 上司に腕を引かれて雑木林を抜けた。基地の敷地内にこんな場所はあっただろうか、さっぱり分からない。 見える範囲の狭い世界で十分だったから、一本脇道に逸れればもう未知の領域だった。 「お前は存外にマイナス思考な所があるからな」 灯りの無い闇に足を取られそうになり、足元ばかり気にしていたブラックウェルが顔を上げた。 「たまには上を見みろ、マリア」 肩を掴まれ、引っ張られた。視界が強制的に片田舎の澄み渡った空になる。 ブラックウェルは息を飲んだ。飛び込んで来た世界は、浮世を忘れる程に美しかった。 とても凡そ一目には把握出来ない数の輝きが、一面にばら撒かれて果ても無く広がっていた。 落ちて来そうなのに全く手が届かない、人智の及ばない神秘に一瞬で心を掴まれた。こんなに綺麗な世界は、直ぐ傍らに潜んでいたのだ。 「光の性質から考えると、宇宙は定常で無限に広がってる訳じゃない。にも関わらず、天文学者によれば遠くにある天体は地球からの距離に比例した速度で遠ざかってるそうだ」 上司の話を噛み砕こうと試みて、余りにも想像の及ばない世界に思考が止まった。 険しい表情の相手の肩に手をやり、アッカーソンは気にした風も無く話を続ける。

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