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ブラックウェルは思わず素っ頓狂な声を上げそうになった。 ところが副隊長を拘束したままの上司が、此方を見て「良いから頷け」と言わんばかりに睨んでいる。 (ああ…そういう) 「おい、マリア!どうなんだ」 「いやまあ、そうですね…仰る通り」 理解した部下が同意するや、レネハンがこの世の終わりの様な形相になった。よりにもよって…等と聞き取れないがぶつぶつと慨嘆をぼやいている。 「分かったら今後個人的な呼び出しは控えて頂けますか」 「くっ…いや待て、良いのかマリア?コイツは中隊長によれば平気で5股でも6股でも掛ける糞…ぅぐ」 「根拠の無い話も控えて頂けますか」 アッカーソンがやけに力を込めて襟を締め上げたが、レネハンは未だ負けを認めようとはしなかった。 「この場でもう一度良く考えろ…!俺か、アッカーソンか…お前はどっちが良いんだ!」 何だこの状況。ブラックウェルの顔が青褪める。 見ると上司も笑いそうになっていた。止めろ。つられる。 「…じゃあ、少尉で」 「じゃあ…?じゃあって何だ、お前本当に良く考えたのか?」 憤るレネハンから、アッカーソンが漸く手を離した。かと思えば此方に歩いて来て、利き手を差し伸べる。 「マリア、おいで」 この上司の言葉には、いつ何時も逆らえない不思議な迫力がある。無心にブラックウェルが歩み寄るや肩に手が回り、引き寄せられて平衡が崩れた。 何か言う間も無く、抱き締められていた。 微かにオードトワレが香った。隣を歩いている時は気が付かなかったが、やけに落ち着く清香だった。 本当に、何の他意も無く、演技と分かっていながらどきりとした。 アッカーソンの長い指先が、余所に逸れた部下の顎を掬った。後頭部を、優しく引き寄せられる。 背後でレネハンが絶句してよろめいた。 何やら上司に、実に自然なキスをされていた。 「…き…き、貴様…ッ」 レネハンの肩が怒りに戦慄く。 ブラックウェルは呆然とアッカーソンを見上げたまま、頭の中は真っ白になっていた。 落ち着け、これは演技の一環だ。 湧き上がる焦燥感に苛まれて言い聞かせたものの、駄目だった。相手の目を見ていられなくなって項垂れ、部下は露骨に頬を紅潮させた。 その姿を目の当たりにしたレネハンが、雷に打たれた様に悲痛な顔で固まった。哀しい事に、己と2人の時には可愛げの欠片も無い暴言しか寄越さない、あのブラックウェルが。 何かと気に食わない男の腕の中で、下を向いて淑女の如く大人しくしているではないか。 「レネハン中尉、未だ何か?」 煩わしそうな目で此方を射抜くアッカーソンに、負け犬と化したレネハンは何ら言葉を返せなかった。背を向けてしまった男に見切りを付け、アッカーソンは行くぞと部下の腕を引く。 我に返ったブラックウェルが、慌ててその姿を追って一室を後にした。

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