「素晴らしい晴天だ、諸君。私は君達とこの地に来れた事を誇りに思う」 風光明媚な一帯を見渡し、オックスフォードは彼にしては物静かに灌漑に耽っていた。 降伏文書の批准も間も無くだろうと言われ、４年以上に渡る長き戦いを振り返っている様相だった。 部下たちはこの暴君からやっと解放されると喜ぶ反面、矢張り少々の物寂しさも抱いていた。夏の暑さを迎える頃には任期を解かれて除隊され、本国へ帰還するチケットを手にしている筈だ。 アッカーソンは美しい鳥の囀りを耳にし、山岳地帯を見上げた。 誰もが込み上げる穏やかな感情に満たされ、次の人生への希望に胸を躍らせていた。 静かな街並みの中、ブラックウェルはふと反射した２階の窓に顔を上げた。とても良く晴れた日で、燦々と光が降り注ぐ陽春だった。 舞い上がるカーテンの隙間、見上げた其処に黒い銃口が此方を向いていた。 構えられた狙撃銃の先端を、ブラックウェルは立ち尽くして吸い込まれる様に見ていた。 気付いたのは自分だけだった。 腕が震えた。声を出そうとして、それでは到底間に合わない事を悟ってしまった。 弾かれた様に彼の腕を掴み、眼前に躍り出た。 驚いた翡翠の双眼が見開かれ、急に視界を遮る部下をまじまじと映した。 視線が合った。 とても場違いに、翡翠の色の美しさに目を奪われた。出会った頃から自分を魅了してやまなかった、その恒星の如く光を放つ瞳。 傍らに居たくて、闇雲に隣に従って、時に消えてしまいたくなるほど切なくて、苦みを伴った。 けれども断言できた。疑う余地も無く、生涯で最高の日々を過ごしていた。 せめて一言、何か伝えたくて口を開いた。 零れ落ちたのは込み上げた鮮血だった。 腹部を貫いた衝撃に、ブラックウェルは箇所を押さえて蹌踉めいた。 地面を瞬く間に流れ落ちた血液が染め、アッカーソンは驚愕して目の前の肩を掴んだ。 「、マリア」 初めて動揺した声を耳にした。 ブラックウェルは俯き、今にも消え入りそうな呼吸を繰り返しながら、漸く自身にも訪れた終戦に綻んでいた。 これで。 やっと 自立する力を手放した身体が、アッカーソンの腕の中に崩れ落ちた。動けない彼の背後で、弾かれた様にモーズレイが走り出し、声を張り上げて衛生兵を呼んだ。 脱力した痩身が、見る見る血に塗れて体温を失った。 アッカーソンはその姿を抱き上げた。 暖かい春の風が吹き、２人を包んだ。 世界は、間も無く平時に戻ろうとしていた。 >next, chapter.5