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Side T

Side T  一番ベランダに近い列、一番後ろ。今日何度そこに目が行ったかな。テストだったらカンニング疑惑かかるやつだ。相変わらず1人で彼は外を見つめている。手元にある文庫本のタイトルが見たいけれど見えなかった。訊きたいコトとか気になるコトとか沢山あって、でも特に話し掛けるほどのことでもないような気がして。気が急いていっぱい話そうなんて言ってしまったけれど実際彼に向けて言いたいコトなんてそんなないんだよな。むしろ訊きたいコトばかりで。 「築城(つくしろ)くん?」  隣の席の女子が声を掛けてきた。前から回されてきていたプリントに僕は気付かなかった。前の席の人がプリントを握った手を上下に振る。顔は向けずに。受け取って謝って、隣の女子にも礼を言う。くすくすと周りで声がした。先生に苗字で呼ばれて黒板を見る。現代文の授業中だった。教科書を読むよう指名されて僕は起立する。暫く読まされて、やめ、の声と共にあまりよそ見するなと言った。それが物理的な意味ではなくてもっと勉学的な意味合いなんじゃないかと僕は勘繰る。文系科目の弱いクラスで文系科目最高点をキープする僕を先生は気にしてくださっているようだった。すみません、小さく謝る。直後にカタリと小さいような大きいような音。彼の身体が傾いていくのを見ていながら僕の身体は動かなかった。彼の右耳のピアスが光る。そういえば先生に何か言われている様子はなかった。やはり慣習の違いで学校も認めているのだろうか。  身体を起こして姿勢を正そうとした彼の右耳のピアスがどうしてか、僕に助けを求めているような気がして、それが僕にっていう限定的なモノでなくても、何かに誰かに助けを求めているような気がして僕は言った。 「保健室、行きましょう」  先生の視線が彼から僕に移る。それなら保健委員に、と言おうとした先生を牽制して、自分が行きます、と先手を打つ。有無を言わせる気はなかったし止められても僕が行く。右耳のピアスは僕を呼んだ。あの煌めきは自分を見ていたんだ。日頃から自己主張は弱い。先生の信頼を得ているつもりはある。ここでそれが覆ろうがカンケーない。 「行こう、重恋くん」  少し朧ろげな意識の重恋くんの腕を肩に回した。  重恋くんがこうなるのは初めてじゃない。第一印象からは想像がつかなかったけれど彼はあまり丈夫ではないようだった。いつもは黙って抜け出して行ったりもしくは次の休み時間からフェードアウトしていたり。先生も、またか、といった感じで何も言わなかった。雰囲気が彼を避けているように思えたのは僕の先入観なのか。  保健室に保健医は居なかった。不在のカードが扉に嵌まったガラス越しに掛かっている。都合主義のAVみたいだ。適当なベッドに彼を座らせた。 「ごめんね、築城くん、ありがとう」  小・中・高、クラスはほぼ違えど短くはない期間、彼を同じ空間にいた。それに彼はその姿もあって目立つ。他にも数人、同じ外見的特徴を持つ子はいたけれど。っていうのも近くの新興住宅街、大半は外国人だし。けれど僕は彼だけを認識していた。図書館によく居たからかも知れない。 「冷生(れいおう)でいいよ。長いよね?僕ら」  気付けば口にしていた。僕は君を知って長いけれど君は僕と長くないかも知れないんだよね。目を見開いた重恋くんに僕は次の言葉で取り消そうとしたのに、彼は綺麗に笑う。ハイビスカスみたいだと思った。 「ありがとう、冷生(れいおう)くん」 「冷生。冷生でいい。呼び捨てで」  上手く喋れていただろうか。自分がこんなコトを言う日が来るなんて、変な響き、妙な字面の僕の名がどうしてか、彼の口で彼の声でもっともっと聞いていたいと思った。困った笑みを浮かべて彼はまた、僕の名を呼んで礼を言う。

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