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Side A
Side A
身体中が痛い。主に背中と股関節。鷲宮先輩とのアレがいつもと違ってた。なんでだろ。なんでキスしてきたんだろ。機嫌悪かったな。ずっと大切にしておきたかった思い出を塗り替えられて、残念だなって思ったし、どうしていいか分からなかった。嫌がるおれを見て楽しんでるから、嫌がっちゃダメなんだよね、きっと。そうすれば多分すぐ飽きてくれるのにね。分かってるけど、やっぱ、嫌だった。特にやることのないおれは校庭を見たり本読んだりして時間を潰す。話す友人とかいないし。朝とか昼休みとか放課後はウサギ小屋に行くけどさすがに10分休みは間に合わない。
朝の登校時間のピークが苦手で早めに登校したけど今日はウサギ小屋に行く気分じゃなかった。家で動物飼えないから学校でウサギに癒されるんだ。真っ白い子はラン。白黒の子はレン。茶色の子がロンで灰色の子がリン。誰が付けたのかな。おれが通う前にはもう名札がついてた。
「おはよう重恋くん」
冷生 だ。ボサボサの髪のまま登校してきたのかな。前髪の行方が分からない。冷生に挨拶も返せないまま見つめてしまう。冷生は苦笑した。
「寝癖、なかなか直らなくて。ひどいでしょ」
おれはポケットに手を入れる。制服にいつもいれているヘアワックス。父さん譲りの髪質はなかなかまとまらないのだ。
「直そうか?」
多分髪質は全然違うだろうけど。ワックスのケースを掌に乗せて冷生に訊ねる。きょとんとして冷生はおれを見た。
「お願いしていいの?」
「もちろん」
でも勿体ないな、とも思った。前髪を雑に上げてぼさぼさだけど、前髪を通さないで見た冷生の顔はすごくかっこよかったから。
「どうしたの?」
冷生が訊ねる。見惚れてたなんて言えなかった。冷生はきょとんとしてる。
「前髪、下ろさなきゃダメ?」
「…重恋くんに、任せるよ」
少し考えたみたいで間が空いた。どうしていつも前髪下ろしてるんだろう。
「触るね?」
冷生は目を閉じておれは冷生の細いストレートヘアに手を通す。柔らかい毛だった。
「重恋くんの手、冷たくて気持ちいい」
前髪に触れていたおれの手を冷生は掴んで頬に持っていく。冷生の手は温かい。すべすべだ。茹で玉子みたいに手に吸い付く感じ。まだワックスつけてなくてよかった。
「ねぇ、重恋くん」
鷲宮先輩と何かあった?って冷生は訊いてきた。優しいな。
「何もないけど、どうして?」
でもごめんね。あったけど言えるわけないから。鷲宮先輩に嫌われてるんだ、なんて。
「何かあったら、僕に言って。相談、乗らせて?」
すごくかっこいい。少女漫画の王子様みたい。目を逸らせなかった。でも言えない。
「うん、ありがとう、冷生」
冷生の白い指が唇に触れた。
「唇、切れてる」
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