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Side T

Side T  好きだな。明確化された。いつからだろうね。理由は?それこそ明確にならない。相手が男だとかクラスメイトだとかそういうのはすごくどうでもいい。それにクラスメイトか否かとかは別に何の障害にもならない。姉貴の持ってたよく分からない本はとにかく理由と障害を並べ立ててた。そんな大したコトなワケ。大したコトなんだろうな。でも僕にはどうでもいいこと。子ども産まないからとか、世間が許さないとか、社会的支援とか、それってそんなダメなわけ。若いしまだ余裕あるし同胞(きょうだい)とか多いし余程のことないなら経済的に困る予定もないし。それとも僕が若いから?何も経験してないから?子どもいないのって不幸なこと?世間に認められないって不幸なこと?そんなことより僕には欲しいものがあるのに?別に周りがどう思おうが関係ない。興味が無い。傍観者じゃ分からない気持ちとか経験とかあるんだよ。でも重恋くんが嫌がるなら隠すよ、言わない。黙っておく。 「できたよ」  花みたいに笑う。触れたら爆ぜそうな唇に走る紅は噛み傷のように思えた。何かあったの?ってもっと踏み込みたいけど。それともちょっとドジ踏んだだけ? 「冷生(れいおう)?」  君が呼ぶときだけこの名で良かったって思う。別にもっと奇抜な名前だとしても重恋くんは呼んでくれるだろうけど。 「大丈夫?」  重恋くんが僕の顔を覗き込む。見惚れながら違うこと考えてた。身体が浮く。キスしちゃう、だめだって。僕が彼を守るつもりで彼に心配されてる。そんなんでやっていけるの? 「ありがとう」 「うん。シャンプー2回くらいしたほうがいいかも」  だめだ、すごくかわいい。シャンプーっていう日常に溢れた言葉でも、彼が言うとすごく特別なんだ。  だから許せない。ガタガタガタガタ、音がする。珍しいことじゃない。だってあの落ちこぼれクラスなんだもの。考えないようにしてたのに。僕も他人のコト悪く言えないくらい偏見に塗れていたんだね。  重恋くんが連れて行かれちゃった、あのゲス野郎に。どうして断らないの、授業始まっちゃうよ。僕が守らなきゃっていうのもあって、すごい剣幕の先輩との間に割って入ったら突き飛ばされた。教室、まだ人いるよ。っていうかやめろよ、重恋くんとあんたみたいなのがツルんでるとか、やめろよ、周りに見せんな。いつもと違ってた。あのゲス野郎。ヘラヘラした胡散臭い顔に何もなかった。  男子トイレの外、すっごいうるさい。僕は番人みたいに男子トイレの扉の前に立つ。誰も通らない。授業中だから?教室棟とは少し外れているから。それだけが救いだし、選んだんだろうな。この場を去ろうかな、って思った。耳を塞いでいたのに。だって彼、嫌でしょ声とか音聞かれるの。でもあのゲス野郎が何するか分からなくて怖い。僕は何も出来ないんだなって自覚するしかない。ガタガタガタガタ、バッコンバッコン音がする。彼の甘い声と苦しそうな声、それからゲス野郎の声。最悪すぎ。何だよ守るとか。そういうラブソング、何度も聞いた。何度も聞いて、それで何度も疑問に思った。愛って何。守るって何。ここで好きだって分かった人がとんでもないゲス野郎に無理矢理抱かれてる音聞くこと?黙って去っていくこと?それで悔し涙浮かべてること?違くない?そんなに悪酔いしてるラブソング、嫌だよ僕。 「開けろ」  ネクタイを解いて手に巻き付ける。壊したっていいよ、おいくら万円するのこれ。一番奥の個室。木のドア。傷んでる。耳を塞ぎたくなるような騒音を何度も立ててドアを叩く。幼少期から無理矢理続けさせられてた空手がこういうところで役に立つから人生どうなるか分かったもんじゃないよ。これ壊せるんじゃね?ってところでゲス野郎の声。 「…何?ギャラリー希望?」  ゲス野郎が動きを止めたらしくそっちの音も消えた。彼の喉が焼けてしまうのではってくらい呼吸の音がした。泣いてた。そして拒否の声。やっぱそうなるよね。ごめんね。守りたいなんて結局エゴなんだよね。もう止めとけって骨が言ってる。でも関係ない。これ1枚いくらすんの?親に土下座する?親に頭下げて入った高校で問題起こすわけ?それ大丈夫なんかな、こんな底辺校も底辺校でカレシ作った姉貴も結構怒られてたけど、最初。骨ダメになりそうだけど多分その前にこのドアがダメになる。でもいいんじゃない?親が怒っても、10代なんてそんなもの。それに僕、きちんと優等生だし。姉貴のワケ分かんない本みたいに、男同士とか兄弟同士とか、なんなら宗教とか国籍とか、すっげぇ些細なんだって、欲しいもの手に入れるまでなら。 「っるせーよ。壊れんだろ」  トイレの個室のドアが開く。うっわ。いつも制服で隠されてる彼の半裸。ドキってしてたけどここ、ほぼレイプの現場なワケ。AVみたいに平和にいかないから。 「何。何の用?」  不機嫌なゲス野郎の面。そういうカオのが似合ってるじゃん。お人好しみたいに笑うなよ、この強姦魔が。  ネクタイ外して乱れてる襟を掴まれてさらに乱れた。 「重恋、返して」  要求はカンタン。何も難しいことは何もない。 「なんで?なんでお前に返すの?」  父殺しって言葉がある。まじで殺すんじゃなくて。父も越えるべき相手のメタファーとしてね。うちの親父はそういうタイプじゃないから。僕の越えるべき相手はこのゲス野郎で、このゲス野郎を越えなきゃ僕はずっとクソガキのままなんだな、きっと。何を以て越えたっていうんだろうね、この場合。でもここで重恋くん放っておくの、やっぱクソガキなりに考えた結果、できなかったんだよ。 「お前、性格、くっそ悪いんだってな?」  聞いたぜ小松からってさ。あの人何言ってるんだろう。それはそうでしょ、良い風に映るよう振る舞ってないし。 「まさか、鷲宮先輩には負けますって」  ずっとドアを殴っていた左手がぴくぴくしてる。今まで筆記用具持つだけだったしな。脚も使ったけど。折れてる感じはしないけど、怪我すると姉貴うるさいんだよな。 「お前何がしたいの?コイツのこと抱きたいの?」  重恋くんが僕を見た。僕は笑いかける。百面相は得意なんだ。イチャつくの禁止な?って言ってゲス野郎は僕から重恋くんを遮る。 「段階を踏んで、いずれは」 「段階を?」  復唱するなよ、もしかして意味分からない?僕はあんたみたいな強姦魔じゃないからさ。 「行こう、重恋くん」  トイレの個室の奥、便座の脇の壁に身体を預けていた重恋くんに手を伸ばす。 「断る」  ゲス野郎が僕の手に手を置く。あんたの手はお呼びじゃないんだけどさ。 「重恋くん」 「お前、選べよ」  えっ、って思った。この人、もしかして。  重恋くんは重恋くんで困ってた。そうだよね、困るよね。いきなりすぎるよね。卑怯だよ、鷲宮先輩。 「お、れは…」  雨が降ったのかと思た。彼の頬から流れる二筋の光。僕を牽制する右耳のピアス。 「ドア、開けっ放しやめろって」  すごく間の抜けた声。鷲宮先輩が舌打ちした。 「何、連れション?仲良かったっけお前ら」  空気読めないの?この人。まじあり得ない。 「小松何しに来たの」 「フツーに便所。ここ俺愛用してるの知らねっけ?」  この人ホントどうしようもないな。ってかこの人、僕のこと性格悪いとか言ったわけ? 「お前の愛用の便所とか知るかよ、気色悪ぃ」  染サンは、はぁ?っとか言ってタイルに貼られたステッカーを長い指で撫でている。シュミがイイ、ロゴステッカー。 「ほら、生徒会副会長が授業サボらない。帰った、帰った」  肩をベシって叩かれる。空気読めってホント。 「何、3人いるの?」  小窓の近くまでやって来て、そこで初めて重恋くんに気付いたらしい。 「あ~、もういいわ。小松ほんとバカ」  ガリガリ頭を掻いて鷲宮先輩は出て行く。 「何?え?」  義兄にならなくてまじでよかった…以外に言葉がない。

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