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Side A ※

Side A  お前は行かないの。小松先輩がおれのいる個室の前の便器で用を足そうと背を向けている。鷲宮先輩はどっかに行ってしまって、冷生(れいおう)も…ってところで冷生が個室を覗き込んできた。小松先輩を一度睨んでからおれの腕を掴む。冷生をそのまま見つめてしまったおれに優しく触れて、乱れた制服を直してくれた。ビックリした。冷生が来てくれたことも、ドアを殴ったことも。小松先輩が来たことも。どこまで聞かれていたんだろう。 「冷生?」  おれのシャツを正していく冷生の左手が震えている。赤くなってる。熱を持っているみたいだ。 「どうしたの?ネクタイの締め方分かるよ、僕」  いつもの冷生。訊いていないことも答えてくれる。小松先輩がクククって笑った。思い出し笑いかな。 「保健室、行かなきゃ」 「どこか具合悪くなっちゃった?」  首を振って、冷生の左手を握り込む。別人みたいな目と声をしてたから、本当に冷生なのか分からなくて少し怖かったんだ。いつもと髪型だって違うから尚更。  保健室の先生が冷生の左手の処置をしている。湿布が貼られて、包帯を巻かれてた。白くて細いって印象あったけど、結構引き締まっているみたいだ。アルコールと薄荷の匂いがして、いつもの保健室だな、って感じ。そういえば人の付添は初めてだ。 「築城くん、気を付けてね」  保健医が言う。生徒会だから有名なんだろうな。冷生も綺麗にはい、ってさっきのが嘘みたいに笑う。なんだか情けないな。小松先輩も冷生にサボるなって言っていて。でもおれのために来てくれたのに。小松先輩、どこまで聞いてたんだろう。 「重恋くん、この後ちょっといい?」  保健室から出て冷生の言葉に頷いた。そのまま冷生に腕を引かれて生徒会室に連れて来られた。乱雑に置かれた会議室みたいな机や椅子のひとつに適当に座るよう促されて、おれは座って冷生に向く。 「どうしたの?」 「ここ、誰もいないから。鍵掛けられるし。あ、僕いるけど」 「ん?」  ガラガラって扉を閉めて、冷生はふわって笑う。かっこいいな。冷生が近寄ってきて、視界が制服一面になる。背に回った腕がぎゅっとおれの身体を締めて、いつも薄ら漂ってた冷生の匂い。甘すぎない爽やかな柔らかい香り。 「さっき曇ったカオしてたからさ。泣いたっていいんだよ?」 「れい…お…」  なんでかな。いきなり緩んできちゃって。小松先輩の優しい顔とか声とか。鷲宮先輩の怒った顔とか声とか。一度溜まった水分でもう視界は滲んでいて、冷生のかっこいい顔も見られない。背中を優しく軽く叩かれて、リズムをとるように身体を揺らされる。 「好きだよ、重恋」  耳元で溶けそうな声でそう言われた。ありがとう、返した言葉はきちんと響きはしなかった。 「そういうことじゃなくて。そういう好きじゃなくて」  唇が柔らかく包まれる。あの時と同じ感触。小松先輩の肩に頭を預けて、ウサギ小屋の前のベンチで眠ってた時と。 「僕が1人の男として、君を1人の男として好きなんだよ」  いいのかな。いいのかな、そんなので。どうして冷生はそんなかっこいいの。おれはすごく、迷ったのに。    額にキスされる。何度も何度も柔らかく、軽く。それから目元、頬、口元、顎。首筋、鎖骨。それからまた唇に落とされる。 「れ…お…う…」  机に乗せられて、シャツを割り開かれて、胸、腹、鎖骨。細められた冷生の少し色素の薄い目がおれを捕らえて、すごく嬉しいのに少し怖かった。 「いつでも、やめるから」  おれの恐怖心が伝わってしまったのか冷生は腹まで辿ったキスを唇へ戻す。すごく綺麗な肌。いつでも思ってた。この肌なら、おれはひとりぼっちじゃなかったのかな、って。 「好き」  目を合せられて、くだらないこと考えてたのもバレちゃったのかな。唇を割っておれの口に入ってくる。絡め取られてなぞられて、頭がぼぅっとしてきて、冷生、こういうこと慣れてるのかな?耳の後ろを撫でられる感触が気持ち良くておれはそのまま冷生に任せてしまう。口が閉じられなくて口の端から唾液が伝ってぽたぽた机に滴った。 「んっ…ふッ」  もう苦しいって訴えたくて、冷生の胸元に手を這わせる。その腕を取られて冷生の頬へ触れた。 「ッく、ん、」 「かわいい」  囁かれて、擽ったくておれは肩を震わせる。 「重恋、いい…?」  すごくかっこよくて、男らしいのにちょっと女の子みたいな感じも残す顔が男らしく見えて、それなのに捨て犬みたいな目でおれを見つめて、おれはもう頷く以外のことを知らなかった。 「ん、」  透明の糸がおれ達を繋いで、それから冷生はおれの唇を舐めた。ずきって少し痛みが走って、そういえば昨日から唇噛んでたな、って思い出して。開いたシャツに冷生の頭が埋もれていく。胸にキスを落とされて、それから触られたことない胸の先端へ。ぞわぞわってしたのに嫌じゃなくて、背筋がぴりぴりってした。 「はッ」  変な声が出そうでシャツの袖を齧ると冷生が頭を上げて、その腕を外される。 「声、我慢しないで?聞かせて?」 「で、も…気持ち悪い、から…」  そう言ってる間に冷生はまだ触れてない方の胸の先端を揉むように押す。 「ぅんっ!」 「気持ち悪くないよ」  掴まれたままの手の甲にキスを落とされて、冷生が笑う。きらきらしていて、でも男らしくて、すごくかっこいい。冷生なのに冷生じゃないみたいで、知らない人に触られてるみたいで。 「れぃ…っお…」  もうどうしていいか分からなくて、冷生を抱き締める。冷生の匂い。ぼたりぼたりと涙が止まらない。 「僕が、怖い?」  右耳にキスされる。 「怖い、け、ど…」 「最後までシないから」  それから額にちゅって軽く唇を押し付けられて。スラックスの中心に手を這わせて何度も前を撫でられながらも冷生は顔中に唇を落とす。そのうち冷生はおれのベルトを外してファスナーを下げた。 「何、す…るの?」  冷生がふにゃって笑った。いつも冷生の顔。鷲宮先輩にもされたことないことばかりで次は何をしたらいいのか、何をされるのか分からない。後ろに入れられるの?それで揺さぶられるの?痛いし怖いしつらいけど、でもおれはきっと冷生を拒めない。 「さっき僕が鷲宮先輩に言ったこと、覚えてる?」  冷生の声は優しい。鷲宮先輩に言ったこと? 「重恋くんを抱きたいのかって訊かれて」  ぼって顔が熱くなってしまう。そんな会話してたの?おれ聞いてなかった。 「抱き…たい、の…?」  冷生はくすくす笑う。頬に手を寄せられ、親指で顔を撫でられて、耳の裏も優しく揉まれた。 「段階を踏んで、ね?でもまだその段階じゃない」  瞼へまたちゅって音がして、目元を拭われる。冷生はおれを、大事にしてくれる…?の…? 「でも、おれは…」 「他に好きな人がいるの?」  好きな人…?好きな、人… 「無理強いはしたくないんだ。重恋くんの笑ってる顔が好きだから」  答えられない。好きなのか、分からない。好きでいいのか、分からない。 「一回冷静になろっか」  はっきりしないおれに冷生は止めていた手をまた動かした。下着に手を入れられて、身を縮こまらせてしまう。 「れっ、おっ」 「よかった、ちゃんと反応してくれてる」  包まれて、擦られて、動かされて。 「あぁ、あっ、はぁ、ああ…ッ」  固くなって熱くなっていくのが分かった。冷生はおれを見つめていて、細められてた綺麗な目になんだから食べられてしまうんじゃないかって思った。 「で、る、で…ちゃ……ッ」  生温い感触。嘘だ、って思った。冷生が、おれのを咥えていた。 「だめだって、だめっ、れぃ…っ」  冷生の頭が動く。おれのに巻き付きながら擦って、吸われて、締め付けられて。甘く噛まれて。 「いや、いぃッあああ、あんッ」  冷生の頭を押す。だめだって、だめだって、出ちゃう。 「ぅんっ、んん、んッ」  頭が真っ白になる。でもスラックスとかシャツとか擦れる音がしてすぐに現実に戻された。んんっとか咳払いの音がして、え?って思った。何事もなかったみたいに冷生が立ち上がって、平然とおれを見て、にこって笑う。全部夢だったんじゃないかなって思うし、だとしたら制服をひとりで乱して、しかも大股開いてるおれがすごく恥ずかしい。でもそんなわけない。 「え…っと、冷生、もしかし―」  冷生はおれの唇に人差し指を立てた。 「何か淹れるね。ココアとレモンティーとお茶とコーヒーあるよ」  生徒会室はそういうのあるんだ。…じゃなくて。 「えっと、おれ」 「レモンティーがいいかな。うん。レモンティーでいいよね」  本当に夢だったのかなってくらい冷生はさっきのことがなかったみたいなことになってる。 「う、ん…」  冷生?呼べば、振り返る。おれがセットした髪を乱すこともないまま。怒ってる?って訊いた。なんで?って柔らかい表情で訊き返された。  

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