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Side T
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「すみませんでした」
下校しようとしている染サンを呼び止めて頭を下げる。サッカー部の女子マネージャーと並んで歩く背中。染サンは相変わらず笑っている。振り向いて、怒っている雰囲気はなかった。半分、この人は基本的に怒らないんだよな、って思い出す。
「ちょっと、ちょっと何~?」
女マネを放って僕の元へ、何のコント~?って感じで駆け寄ってくる。大事にするなってか。
「職員室に呼び出し喰らったんだってね」
ぼそって周りに聞こえないような、周りにそんな人いないけど、耳打ちするみたいに言ってきた。先生に謝れって言われたの?って染サンは困ったみたいに笑う。むしろ関わるなって言われたから逆なんだよな。
「ご存知だったんですね」
「うん、まぁ、風の噂?」
女マネを顎で差す。彼女に見えないように。どこで誰が見ているか分からないもんだね。
「本気じゃないですよね」
何が、っていう染サンの目はもう僕を見ていないし多分何のコトだかなんて分かってる。この人は僕が思うほどバカじゃない。
「さっき言ったことです」
「さっきっていつ。いっぱい喋ったから分からないよ、何の話」
染サンの真顔。怖いと思った。いつもみたいに笑えよ。
「…ッ」
染サンが目を眇めて僕を捉えた。なんだかんだでこの人は静かに怒っているのかもしれない。
「ごめんね、先帰ってて」
染サンは待っている女マネにそう言った。
「あの子は?」
まさかカノジョとか言わないですよね。
「君のファンじゃないの?」
吐き捨てるように染サンは言った。場にそぐわない冗談か。不機嫌を丸出しにしている。こういうのは見たことがなかった。いつでも笑ってるから。
「単刀直入に言って重恋くんのコトです」
「朝比奈に何か言われたの?」
相変わらず声は冷めたまま。笑えよ、いつもみたいに。
「言われてないです」
「じゃあいいでしょ。俺に突っ掛らないでよ」
とんって職員室でやられたみたいに染サンは僕の肩を叩いて、僕の元から去っていく。
「染サン!」
呼び止める。どうせムダ。どうせムダだけど、呼ばずにはいられない。
「もう遅いから早く帰りなさい」
背を向けたままそういう声はやはり冷たい。染サンはもう知らない人なんだ。僕が殴ったから?でも姉貴のビンタにも笑顔ひとつ崩さなかった。姉弟トータルで堪忍袋の緒が切れた?それとももっと違うところ?
重恋くんはこの人のどこが好きなの?
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