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Side K
Side K
ごめんね。内心に留めて君の頬に手を上げる。廊下に引っ張り出して、無防備に俺を見つめた大きな目。ごめんねって内心で言い終えた頃にはもう君は廊下に倒れて俺を見上げてる。片頬に手を添えて。俺はまだ感触が残ってる手を身体の脇に戻す。野次馬がすごいな。でもヤジが飛ばないのはさすがのエリートクラス。俺もその一部でいられて、よかったよ。暴力は名物じゃないんだもんね。
「こま、つ、せんぱ…?」
なんでって顔。分かるよ。分からないよね。でもごめんね。もう一発くらい耐えられる?ムリ?泣きな。それで俺を殴りな、責めな?だからほんとにあと一発だけ耐えて?って感じで詰め寄れば、俺と彼の間にカワイイ後輩くん。朝比奈も冷生ちゃんの登場には驚きなカンジなんだ?絶交してるんだっけ?絶交は言い過ぎか。
「何してるんですか?」
「冷生ちゃんには関係ないこと、してる」
冷生ちゃんの御登場で場が持っちゃって、数学の先生が多分職員室に向かった。駆け足で。あの先生にはお世話にならなかったなぁ。
「どうして重恋くんを殴ったのか訊いてるんです」
殴ったうちなの、ビンタなんだけどな。ごめんね冷生ちゃん、お喋りしにきたわけじゃないんだよね。お姉さんにはなんて謝ろうか。旦那じゃなくて奴隷になりますっていって土下座すればいい?優しげな顔作って軽く肩を叩いて、油断したのかな、少し驚いた顔を殴打する。この前みたいに避けてよ、とは言わなかった。避けないでほしいもん。手間かけさせないでよ、いつもみたいにイイコちゃんでいろよ、俺にも。バランスを崩して倒れそうになったところに追い打ちをかけてもう一撃。綺麗な顔が歪んじゃったら嫌だな。慰謝料どれくらいするんだろ。俺の一生で払いきれる額かな。倒れる冷生ちゃんを廊下の床這うみたいに近寄って抱き留める朝比奈に視線を合わせられるように屈む。こんな不良みたいな、強請(ゆす)りみたいな格好、俺らしくないな。
「小松、先輩…」
朝比奈が怯えた目して俺と目が合う。胸が浮いたみたいだった。
「独り善がりで勝手なコトして、満足できた?」
朝比奈の顎を乱暴に掴む。顔小さ。冷生ちゃんがその俺の手掴もうとしてきて、今はちょっと邪魔しないでほしいな。もう一回くらい打ち込んどく?でもそれまじでやばいんじゃない。
「観月のこと利用して何を守ってるつもりなの。何したかったのさ」
脅すみたいに朝比奈の顎掴んだ手を揺さぶる。ごめんね、朝比奈。俺、君の顔好きだよ。
「そんなんで誰か守れたつもりなら俺がぶち壊すんだけどさ」
邪魔な冷生ちゃんの伸ばしてくる腕の手首を空いた手で掴む。利き手じゃなくても握力あるのよ、俺。
「冷生がどんな気持ちだったか知ってる?」
朝比奈、やっぱ泣かないで。恋愛なんて誰かは失恋するようになってるんだから、そういう同情が一番最低で、一番身も蓋もないんだよね。
「黙れよ!」
冷生ちゃんが跳ねるみたいに起き上がるから俺も腕放しちゃった。それで俺を殴った。元気いいな。朝比奈が縋り付くみたいに冷生ちゃんの制服を握ったけど意味ないね。それから朝比奈がやりたかったことも、意味ないね。観月も、ごめんね。
「そういう同情が一番嫌いなんですよ」
鼻血まみれでもイケメンはイケメン。この前と一緒だね。朝比奈は冷生を押さえるけど、冷生は冷静じゃないみたいだ。
「小松先輩、お願いです、おれのこと、何してもいい、から、冷生のことは、殴らないで、ください」
「君がそれ言う?どうして観月にその気もないのに付き合ってとか言っちゃったの」
泣かないでよ。俺いじめてるみたいじゃん、これ。
「独り善がりの結果がこれ?観月のコトは考えてくれなかったんだ?」
手、結構痛いなぁ。殴るって痛い。暴力と詰問で分かり合えるわけないんだよな。恐怖と不安での駆け引きなんて今の時代にはフィットしてないし。
「こ、まつ、先輩…」
君の声、好きだな。そういう風には呼ばせたくなかったし、そういう顔もさせたくはなかったんだけど。
「自己犠牲とかくだらないからね。最高の自己陶酔だよ。どう?気分いい?」
「ごめ、んなさい」
君が謝る必要性は正直ないんだけど、俺が言わせてるんだよね、カンペキ。
「冷生か俺が、お前に観月と付き合ってなんて言った?言ってないだろ。それで観月利用して、性格悪すぎない」
いきない殴り込みにくる俺の言えることじゃないよね。ごめんね、朝比奈。ごめん。お前にキスしてごめん。お前に出会ってごめんな。
「まぁいいや、何でも。もう別れたんでしょ」
唇を噛んで、泣かないって決心してるみたいな朝比奈。かわいいな。観月が惚れちゃったのも分かるわ。野次馬がいつの間にか増えてて、いや授業続けろよって感じ。近くのクラス受け持ってたっぽい先生が俺の方へ来ようとして、それを阻むみたいに俺の元へ来る人。会いたくなかったな、ここでは。
「お前、何してんだよ」
呆れ顔で後頭部を掻く観月。俺の前にケータイの画面突き出してきて、母さんが俺のこと心配してる旨のメッセージが表示されてた。制服が無いってこと、母さん気付いたんだ。
「うん、まぁ、ちょっと」
観月が朝比奈と冷生ちゃんを見下ろして、えマジで何してんの?っていきなり空気変わりだしちゃって。
「ちょっとどころじゃなくない」
朝比奈が観月から目を逸らしたの、俺見たからね。
「この際だから話つけた方がよくないスか」
冷生ちゃん、もう一発殴ってあげるから寝ててくれる?
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