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Side A
Side A
小松先輩と会えるか訊かれてそれが叶うのはすぐだった。冷生の家に案内されて、広い敷地と洋館みたいな大きな建物がすごかったけど、これから小松先輩と会うのかっていう緊張であまり落ち着いて見られなかった。内装も一般家庭とは思えない。冷生ってどこかの…政治家とか一流企業の社長の息子、とかなのかな。リビングに通される。リビングも広くて、どこかのバーみたいで慣れないと落ち着けないような、少し暗い空間だった。そこに小松先輩はいた。間接照明のせいか顔色が悪く見える。それから痩せたな、って思った。
「おひさし、ぶりです」
おそるおそる声を掛けて、冷生に促されてイスに座った。冷生は何も言わずにリビングにそのまま繋がるキッチンに行った。表情のない小松先輩の口元が僅かに上がって、でもそれはおれが知る穏やかなものとは違った。
「おひさしぶり、ってほどでもなくない」
鼻で嗤うような、おれを蔑むように小松先輩は返した。おれはおれが思う以上に小松先輩を傷付けていた?冷生がおれと小松先輩の前にアイスティーを出してリビングから出て行った。冷生、ありがとう。きっとまた、情けなくてカッコ悪いところ見せちゃうと思う。
「小松先輩」
おれの方を向かない小松先輩が躊躇いがちにおれを見た。痩せたせいか、二重幅も広くなった気がする。
「今更ですけど言わせてください」
小松先輩は目を伏せて、やがてゆっくり閉じてこれダメなやつかも知れないなって思ったら案の定小松先輩は小さな声で断るって言った。でも諦めきれない。小松先輩にまた穏やかに笑ってほしい。また前みたいに話したい。
「言わせてください」
「…断るって言ってんじゃん」
アイスティーを飲んで小松先輩は頬杖をついておれから身体ごと逸らしてしまう。本当に、嫌なんだ。でも言えなくて後悔したから。
「好きです。好きです、小松先輩」
おれのことを嫌いっていうのをすごい表に出して隠そうともしないの、分かるけど。男に、おれみたいなのに告白されて、きっと気持ち悪いかも知れないけど。
「よく、分からないな」
おれに言ったのか独り言なのかも分からないくらい小さな声。鷲宮先輩はどういうつもりで言ったんだろう。こんなこと、冗談じゃ言えないよ。怖くて。でもあの人なら、それくらい容易にこなせるんだろうな。
「だって君は観月を選んだ。俺は祝福するって言ったよね。それが答えだよ」
「小松、先輩」
フラれるのって、ツラいんだね。でも言えてよかったと思う。
「君が観月を選んでくれて、うれしかった」
本気じゃないにせよ、って小松先輩は続ける。
「観月から話は聞いてたよ。冷生との関係悪化が怖かったんでしょ」
おれは頷いた。あまり冷静じゃなかったんだと思う。頼れる人が鷲宮先輩しかいなかった。
「それでも観月は君を…いや、これ俺から言うの野暮」
「鷲宮先輩を利用したのは、本当に、申し訳なかったと思ってます」
頭を下げる。アイスティーの入ったグラスが結露して、水面にテーブルの上に吊るされた照明が映ってる。
「でも小松先輩のことが、ずっと好きで…」
「そういうの、要らないんだって」
小松先輩の声はいつもよりずっと低い。雨の日も晴れかと錯覚する爽やかで、大好きな声がおれにむくことはもうないのかも知れない。
「そういうの、困るんだよ」
小松先輩は額を押さえて、それから髪を掻き乱す。ごめんなさい、そう思うのに、彼の中におれが刻めるのならって思うと言葉が溢れて、止まらない。
「小松先輩を初めて見た時から」
眉間に思いっきり皺を寄せて、何こいつって感じでおれを見る。
「笑ってるのに笑ってなくて、どこか遠く見てるの、すごく気になって」
顔を押さえて、ごめんなさいとしか言えないけどまだ怒り、抑えてください。全部伝え終わったら、怒られますから。
「小松先輩のキスがないと、朝なんだっていう実感もなくなってて」
大袈裟なくらいに小松先輩は溜息を吐く。こんな話、気持ち悪い、かな。きっと後悔してる。でもおれには無かったコトに出来なくて、本当に勝手ですみません。
「そう。じゃあ新しく毎朝キスしてくれる相手探して。俺にはもう関係ないから」
小松先輩を見られなかった。もう終わらせなきゃなんだ。やめなきゃいけないんだ。おれは小松先輩を不快にさせに来たワケじゃないんだから。
「もっと名前呼ばれて、もっと近くにいたかったです。気持ち悪いこと言ってごめんなさい。でも…好―」
「分かったからさ。いいよ、もう言わなくて、分かったから。応えられないこと何度も言われてもさ、困るんだよ、分からないかな」
小松先輩は立ち上がる。帰るの?おれがバカだから?
「どうすれば諦めてくれる?それも分からない?」
おれの前へ来て、額と額がぶつかるくらい顔が近付く。
「おれは…。おれのこと、嫌いにならないで、ほしい、です」
意地悪そうな笑みが一瞬で消えて、おれの肩を押して小松先輩との距離が空く。
「帰るわ」
小松先輩の声はやっぱり冷たかった。
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