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第2話《誕生》
寒さが厳しくなる、一月の半ば…
楠総合病院内、産婦人科で…
小さなひとつの命が産声をあげた。
産科医である僕、楠木健次が担当したお産で…
早産だったため、その身体は、1500グラムにも満たない低出生体重児だった。
片手だけにのるようなその子は、小さな身体で、懸命に生きようと泣いていたのを、今でもしっかりと覚えている。
その赤ん坊は、僕の兄の子ども…
待望の長男だった…。
兄は、楠総合病院の跡取りで外科医、いずれはこの楠病院を継ぐ運命にある人だ。
そしてこの子も、その運命を辿るはずだったが…
生まれた瞬間…この子は、その運命の歯車から外されてしまったのだ。
「先天性疾患…」
低体重児である、この子はすぐに保育器の中で、命を預かることになった…。
そして、出生後様々な検査を行った結果…
この子は、先天性の病気を持っていることが判明した。
今の医療技術では、完治不可能な難病…
その病気は発祥例も少ない、とてもめずらしい病気で、成長するにともない、次第に筋神経伝達機能を蝕んでいく……
長命できたものは、ほとんどいない。
激しい苦痛を伴う発作を誘発させる、恐ろしい病気だ…。
そんな重いサガを背負って生まれてきてしまったこの子では、病院の後継ぎになるのは難しいだろう。
それどころか、これから先の人生…この小さな命は…
生きていくために、どれほどつらい思いを乗り越えていかなくてはならないのだろう…
新生児集中治療室の保育器の中で生きる、まだ名もないキミを見つめ思ってしまう健次…
この小さな命は、過酷な運命を生きていけるのだろうか…?
生きていても…つらい人生にしかならない…
ふと、頭の中に過ぎった…恐ろしい思い…
医者であるから…病をわずらう者の苦悩は、痛いほど分かってしまう。
心を沈め……
保育器の中の小さなキミの身体に触れながら思う…
すると…、キミは…
僕の小指を、その小さな手で、しっかり握ってくる。
『…生きたい…』と。
「うん、そうだね…」
健次は心に思ってしまった事を打ち消す。
どんな難病をもった子でも、生きることを他人が簡単に否定することなんかは出来ない…
この子は、精一杯…生きようとしているんだから…
「がんばろう…」
そう優しく微笑み、言葉をかける健次…
兄の子が生まれて3日が過ぎ…
日々、成長を感じることができる、この子の様子をみることが、とても楽しみとなった…
「今日は、起きてるね…」
綺麗な深緑の瞳…
「間違いない、キミは兄の子だ」
微笑みながら…囁く健次。
「兄さんとあの人の子供なら、きっと利口な子になるだろうね…」
くるべき未来を少し予想してみる健次。
そこへ…
「健次センセ、また、このコんとこ来てるんだな」
突然、明るく声をかけてきたのは…
「青柳先生、それは…気になりますよ、兄の子供ですし…」
驚くことなく笑顔で答える。
青柳誠次(あおやぎせいじ)先生は、ここ、新生児ICUの担当小児科医、僕の2年先輩だ。
陽気な性格で、面倒見も良く、見た目もナカナカな為、ナースたちからは人気者の先生である。
「副院長サマのね、兄弟なのに…お前らは全然違うよな…」
首をかしげながら言う青柳先生。
「僕と兄とでは…背負っているものがちがいますからね」
柔らかく笑って答える健次。
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