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第3話

それから水島君は、本当に毎日私の家に通ってご飯を作ってくれた。 勿論三人一緒に食事をして、遅くなった日には時々家に泊まったりすることもあった。 しかも雫は、私よりもどうやら水島君の方がお気に入りのようで、休日まで付き合ってもらってもらったこともあったくらい。いつの間にか私達は、三人でいる時の時間の方が多くなっていた。 三人との時間は、今まで仕事しか知らなかった私に、仕事以外の楽しさを教えてくれた。 何に対しても興味を持てなかった私に、新しい事を教えてくれた。独りだった私の心を満たしてくれた。 だから私にとって、三人との時間はとても居心地がいいと同時に。いつかきっと、何処かで終わりが来るのではないかと。不安で、とても大事な、かけがえのない時間だった。 そう思うだけでよかったのだ。それなのにーー。 「じゃじゃーん!今日はハンバーグを作ってみました~!」 「ハンバーグ!!」 「雫。サラダもしっかり食べるんだぞ」 「うぅ……はぁ~い」 「はい!天野さんの分です!」 「……あ、あぁ。有難う」 水島君の指先が触れる。 その熱を、無意識に感じてしまう。 「どうしました?」 「い、いいや……なんでもない」 三人の時間を大事にしたい。それだけの感情のままで留まっていればよかったはずなのに。私はーー。 自分の部下で、七つも年下の水島君に、心惹かれるようになってしまっていた。 彼はきっと誰に対しても優しい。だからこんな私にだって優しくしてくれるのだと分かっていた。 彼が食事を作ってくれるのは雫の為。休日に付き合ってくれるのも雫の為。そんなことだって、全て分かっていたはずだったのだ。 なのに。 いつしか私は、雫だけじゃなく。私の事も見てほしいと思うようになってしまった。 いつか、二人だけの時間も欲しいと思うようになってしまっていた。 雫が一番の優先順位なはずなのに。 「私は、一体何を考えているんだ……」 子育てをする大人が、考えていい事ではない。 「天野さんどうしました?最近なんか元気ないように見えますが……」 「そ、そうか?特にいつもと変わらんが」 「本当、ですか?」 私が風邪でもひいているのかと思ったのか。水島君は、視線を逸らす私の顔をジッと見つめてくる。 ーー顔が近い。 心臓の音が、聞こえてしまいそうだ。 「……天野さっ」 プルプル。プルプル。 タイミングよく鳴り響いたのは、水島君のスマホの着信音。 おかげで、私の心臓の音も聞こえなかったと思う。 「すみません。ちょっと電話に出てきます」 「あ、あぁ」 水島君はそのままスマホを持って、慌てたように廊下へ出て行ってしまった。 何か聞かれたくない内容……なのだろうか? いや、誰だって電話がかかってきたら席を外す。そんなの常識だ。 なのに、何故こんなにも気になってしまうのだ。 「……」 盗み聞きなど、失礼な事だと分かっている。 だが、聞かずにはいられなかった。 「おじさん?」 「雫。少しだけ、し~!な?」 「?うん」 ドアを少しだけ開けて、こっそりと耳を立てる。 すると、いつもとは違う雰囲気の水島君の声が聞こえてきた。 「だから、今日は家には帰らないって言っておいただろ?……えぇ?うん。うん」 相手は誰だ? 「家には帰らないと言っておいた」ということは、水島君と一緒に住んでいる人……なのか? 「全く。お前も早く料理くらい出来るようになれよ?え?……はぁ?遊園地?あぁ、分かった分かった。了解。次の日曜にな?」 「……料理。遊園地」 あんなにも気兼ねなく話せて、料理をしたり。遊園地に行く相手。それでいて同じ家に住んでいるということはーー。 「奥さんか。もしくは彼女……」 今まで水島君のプライベートを聞いたことが無かった。 毎日家に来るくらいだから、独り暮らしなのだと。勝手に思い込んでしまっていた。 「そうか。相手がいたんだな……」 「あれ?天野さん?どうされました?」 「いや……」 その時私は悟った。 あぁきっと、ここが潮時なのだと。 「お味はどうですか?天野さん」 「……あぁ。うまいな」 その日食べたハンバーグの味は、よく覚えていなかった。

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