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第2話

家に帰ると、雫は私の隣にいた水島を見て瞼をパチパチしていた。 「おかえりなさい?」 「ただいま」 「こんばんは!雫ちゃんだっけ?お兄さんは水島彰って言います!彰君って呼んでね!」 「う、うん」 雫の目線に合わせて喋る水島に、最初は驚いていた雫も、今は気恥ずかしそうに笑っている。子供との接し方まで完璧だとは、流石だ。 「あ、雫ちゃんカレーは好き?」 「え?」 「今日はお兄さんが、雫ちゃんの為においしいカレーを作ります!」 「ほ、ほんと!?」 「うん!」 あーー雫がとても嬉しそうだ。 ここに来てあんな嬉しそうにしている姿は、初めて見たかもしれない。 「わ、私にも手伝わせてくれ」 台所に立ってエプロンを身に着けていた水島君は、私の言葉にいつもの優しい笑顔を向けて、畳まれていた紺色のエプロンを渡してきた。 「お願いします」 きっとカレーくらいなら、私にも作れるかもしれない。 そう思って一緒に台所に立ったが、その考えは甘かった。 野菜の皮はなかなか綺麗に剥けないし、切り方もバラバラ。炒めていたら具材がボロボロと外へ零れてしまう。 結局大半は水島君にやってもらい。私は食器を出したり箸を出したりと、そういう簡単な準備しか出来なかった。 「はい!出来ましたよ!」 「わぁ!おいしそう!」 そうこうしているうちに完成したカレーは、お店とはまた違う良い匂いがした。 肉は子供が食べやすいようにミンチを使っていて。少しでも甘めにするためにか、コーンが入っている。ルーを溶かしただけとは思えない仕上がりだ。 雫は、目の前に置かれた自分用のカレーを、まるで宝石箱でも見つけたような目で見つめながら、小さなスプーンで沢山すくって、口に思いっきり頬張った。 いつもよりも早く口の中をもぐもぐさせるその表情は、今まで見たことないくらい幸福に満ちていた。 「んん~~!!おいしーー!!」 「良かった!おかわり沢山あるからね?」 「やった!」 私が買ってきた弁当を食べる時とはまるで違う雫の笑顔。食卓に広がる和やかな空気。 「……うまいな」 きっとこれが、本来の食事だったんだ。 「雫」 「なぁに?おじさん」 「ずっと寂しかったか?」 「え?」 「ずっと、こうして誰かと温かいご飯を食べたかったか?」 「……でも、おじさんおしごといそがしいって、しずくわかってるから……」 今なら分かる。 雫は、私の為に無理して笑っていたんだと。私に迷惑かけないように、ずっと我慢していたのだと。 「雫ちゃん。大切な人にはね、自分の気持ち伝えていいんだよ?」 「しずくの、きもち?」 「うん。伝えないと、雫ちゃんの本当の気持ちはずっと伝わらないからね。天野さんの事を大切な人だと思ってるなら、思いっきり我が儘言っていいんだよ」 「そっか……」 水島君の言葉に、雫は頑張って作っていた笑顔を消した。 「おじさん……」 振り向いた雫の目には、ずっと、もうずっと前から溜め込んでいた涙が一気に溢れて、ボロボロと、コップから溢れた水のように流れ出していた。 「しずく、ずっと、ずっと、ざびしかっだ。おか、あさんも、おとうさんもいなくなっで、おじさんも、いえに、いなくて、しずく、ひとりで……さびしかっだぁあ!!ひくっ。ごはんも、おいしくないし。ねんねするのも、ひとりで、こわかったぁ……おじさん、しずくのこと、きらいなの?おじさんは、しずくがいたら、こまるの?しずく、おじさんにめいわくかけないから、から……いっしょに、いてほしいよぉ」 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっても、苦しそうにヒクヒク言いながらも、雫は私だけを見つめて、必死に自分の想いを伝えていた。 本当は言われなくても、大人の私が分かってやるべきだったんだ。 それなのに私は、何も言わない雫に甘えてしまっていた。 彼女の人生は、これからなのに。 大人の私が、台無しにさせてどうするんだ。 「すまなかった雫……ずっと辛い思いをさせた。私は雫が大切だ。君のいない生活は寂しいんだ。だからこれからは、二人の時間を沢山作っていこう」 「っぐすっ……ほんと?」 「あぁ、勿論だ」 「ごはんも、おじさんがつくるの?」 「え……」 どうしよう。正直作れる自信がない。 「じゃあ、その二人の時間に、俺も入れてください!」 「……えっと、水島君。それはいったい……」 「これからは俺が、毎日ご飯を作りますよ!」 その言葉をきっかけに、私と雫。そして水島君との三人の時間が始まったのである。

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