2 / 7
第1話
半年くらい前。私の姉とその旦那が、交通事故で亡くなってしまった。
残されたのは、その時幼稚園に行っていた姉の娘だけ。
私達の両親ももう既にいなかった為、その娘を引き取れるのは私しかいなかった。
「……名前は?」
「……しずく」
出会った時の雫は、肩まで伸びた髪をボサボサにして、目を真っ赤に腫らしていた。
きっと、ずっと泣いていたのだろう。髪だって、いつもは姉が結んであげていたのだろうが。今は髪を結んでくれる人は誰もいない。
「雫ちゃんか。君は嫌かもしれないが、これから君はおじさんと住むことになる。おじさんには子供がいないから、君とどう接したらいいかあまり分からない。だからお互い協力していこう」
「……うん」
協力とはいったものの、基本私は朝から夜まで仕事の為、雫と二人で居る時は少ない。
精々一緒に居る時間と言えば、買ってきた弁当を食べる時くらいだろう。ずっと独り暮らしだった私は、飯もろくに作れない為。いつも弁当を買って食べている。
まだ幼い子供には、こんな生活辛いはずだ。
それなのに、雫は我が儘一つ言わなかった。
だからきっと、私は雫に甘えていたのだ。
これでいいのだと、勝手に思い込んでしまっていたのだ。
*
それから三か月が経ったある日。
あれは大量の仕事量に追われ、残業していた時の事だった。
「天野 さん、こっちは終わりました!」
「そうか。なら帰っていいぞ」
「天野さん……後、この書類に」
「置いといていい」
「あ、分かりました。じゃあ私達はお先に失礼します!」
「あぁ。お疲れ様」
部下達を帰らせ、私は一人で残った仕事を片付ける。残業なんて日常茶飯事だった私にとって、こんなのは特別辛くもない事だった。
それに、なるべく部下達には負担をかけたくない。
だがそのかわり。雫との時間はどんどん削られていく一方だ。
「だが、だからと言って仕事をおろそかにするわけには……」
「天野さん。それ手伝いますよ」
突然私の隣に立って、数枚の書類を手に取った高身長の男。
誰にでも向けるその爽やかな微笑みは、この会社の女性陣を虜にさせていると噂されていたが……成程。確かに美形だ。
「水島 君ではないか。どうした早く帰らないか」
「いえ!天野さんが一人で頑張っているのに、俺だけ帰るなんて出来ませんよ!」
「しかし……」
「それに。二人でやったほうが早いですから!」
「っ……はぁ。分かった。なら頼むぞ」
「はい!」
水島彰 君は私の部下で、仕事もプライベートも完璧な男だ。
歳は確か二十五……だったか?私よりも七つも下だが、なんでもこなせる所はとても見習いたい所だ。
「悪かったな。遅くまで残らせて」
「いえいえ!あ、良かったら俺の家に来ませんか?夜ご飯作りますよ?」
「え?あ、いや。流石にそれは」
おかしいな。私は部下達には嫌われていると思っていたのだが?よく無愛想だと言われているようだし。
「気にしないでください!俺が誘いたくて誘ってるんで!」
キラキラした目が、私には少し眩しく見える。
これだけ親切な部下の頼みを断るのは少々心苦しいが。ふと、雫が一人で待っている姿が頭をよぎった。
「……申し訳ないが。家で姉の娘が待っているんだ」
「え?」
状況を整理しているのか、水島君の表情がそのままピシッと固まってしまった。
そういえば、こんなプライベートな事を誰かに話すのは初めてかもしれない。
「えっと……だな。私の姉とその旦那が事故で亡くなってしまってな。引き取り手がいなかったので、私が姉の娘を育てているのだ」
「えっと。ということは、その娘さんは今家に?」
「あぁ」
「因みに、おいくつですか?」
「確か、五歳だな」
その瞬間。私は腕を強く握られると、そのまま無理矢理立ち上がらされた。
近くにあった水島君の顔は、今まで見たことないくらい怖い顔をしている。きっとこんな表情誰も見たことが無いだろう。こんなの直視したら、多分息が止まってしまう。
「何故それを早く言わないんですか!!」
「ぁ、いや……」
「いいから、今すぐ帰りますよ!!」
水島君は掴んだ腕を離さないまま、私を引っ張り。会社を出てしまった。
「天野さんの家まで案内してください」
「あ、しかし。その前に弁当を……」
「弁当!?いつも弁当なんですか!?」
攻められるたび、後悔と罪悪感が募っていく。
「その。わ、たしは、作れなくて」
「では、俺が作ります」
「え?」
「夕食は、俺が作ります」
ともだちにシェアしよう!