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第1話 水溜り 一

草太と住んだテラスハウスは来月、賃貸契約の切れる三年を迎える。 「 どう?色々見たけど辻堂の方にする? それともこの鎌倉も良いよね 」 「 うーん、そうだな…… 結構最近一戸建てでも借りれそうな物件あるよな。アパートやマンションより小さい庭でもついてる方が良くない?ここも結構この桜の木が良いよな 」 休日は二人で物件を色々見て回ってる僕たち。 「 あ、ちょっといい? ラインが入ったみたいだ。 来週の雄介のスイミングのことかもしれない 」 と草太は内見してる僕と不動産会社の営業マンを残して外に出た。 暫くすると草太が少し迷った様な顔で戻ってくる。 「 悪い、今から恵が何か話しがあるって、こっちへ来るらしい。ちょっと断れない様な勢いで 」 「 いいよ、もうだいたいわかったし。 ありがとうございました。また、連絡します 」 と言いながら営業マンとは別れて、僕らはロードバイクに跨る。 この三年間で休日の足はすっかりロードバイクになった僕たちの生活は、本当にびっくりするほど波風も立たず順風満帆だった。 恵さんを僕たちの家に入れるのを嫌がる草太。 僕はもう気にしてないんだけど、草太はダメな様だ。 海岸のファミレスで会うというので僕はそのまま家に帰った。 ざっとシャワーを浴びた後、 冷蔵庫を覗きながら、夕飯はシラスとシソの和風パスタと、 スープは具沢山で何味にしようか、と考えてるところに草太が帰ってくる。 大家さんの都合で入居者全員が来月には居なくなるテラスハウス。 住人も結構気さくな人が多くて、会えば会話もするしたまには一緒に外でバーベキューなんかもしたことがあったな。 今も草太は三軒先のサーフィンの得意な原田さんと何か軽く会話をしてる。 原田さんもいるならワインでも一杯誘って夕飯も一緒にどうかなと僕が表に顔を出すと、草太の方は原田さんに、 「 じゃあ、また 」 と挨拶したところだった。 草太の向こうから原田さんが僕を見つけると軽く手を振る。僕も笑って返すと、いつになく不機嫌そうな草太がスッと前を横切った。 どうしたんだろうと思いながらも、シャワーを浴びたら早速缶ビール片手に機嫌が直った草太。 それからナッツやサラミを摘みながら、ワインを開ける頃には僕もそのことはすっかり頭の中から抜けていた。 月明かりが居間に差し込む時間になるとそろそろ本格的にお腹も空いてくる。 草太の好きなシラスとシソのパスタと具沢山の豆乳スープを並べると、 「 うわ、うまそう! 馳すごい 」 と必ず食べる前に褒めてくれる草太。 こんな言葉だけで僕はホッとする。 食後の片付けは草太がしてくれるので僕はゆったりと居間に座って今日見た物件の資料を眺める。 「 馳、なんか飲む?」 「 あ、そうだ原田さんに貰ったアレ 」 「 アレ?」 そうだ草太が出張の時に貰ったから知らなかったな、と冷凍庫から酒瓶を取り出す。 「 それ、貰ったのか?」 「 うん、なんか二本貰ったからっておすそ分け。キンキンに凍らしたら美味いよって 」 「 あー、ズブロッカはそうだな 」 ショットグラスを出すと居間に戻り、キンキンに冷えたズブロッカを2つのグラスに注いだ。 一気に煽るとトロリとした特有の円やかな舌触りそして桜餅の様な香りが広がる。 「 美味いね、これ 」 僕の言葉には答えず、 黙ったままで草太が二杯目を注ぐ。 どうしたんだろう?と顔を見ると、 「 恵が再婚するらしい。 それで、もう妊娠もしているって。 それも男なんだと言ってる 」 と草太が徐に繋いだ言葉は、 僕の耳に単語がぶつ切りの様に聞こえてきた。 再婚、妊娠、男。 この時はまだこの事実がどんなに僕たちの生活を変えてしまうのか、 わからなかった。 それは単なる人ごとだったんだ、僕には。

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