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第1話
仕事を終えてへとへとになった身体を引きずってアパートの玄関を開けた俺は、あまりの衝撃にドアを開いたまま立ち尽くした。
全開の後ろの窓から吹き込む風に長い髪を舞わせ、はたはたと白衣をはためかせた男がそこに立っていた。
泥棒というには堂々とした様子の男を、俺は良く知っていた。
「麻次 、今は何時だ。帰りが遅すぎるぞ」
眠たいのを我慢して待っていたんだと言わんがばかりの表情を浮かべて、玄関前の俺の方にそいつは近づいてきた。
「ッ!!て、テメェが、何でウチに居るんだ!!」
俺は自分の出した声の大きさに、慌てて後ろ手で玄関の扉を閉める。こんな安アパートでは苦情がすぐにくる。
俺はゲイではないが、確かにこの男と恋人として付き合ってはいた。
だがコイツとは三年も前にハッキリきっぱり終わったはずだ。
それなのに、おかしいだろ。
「麻次、何で僕に言わないで勝手に引越しとかしてるんだよ。麻次のお母さんに連絡して合鍵を貰ったり、手間がかかったじゃないか」
なおも迫ってくる男の様子に、俺は思わず後じさる。
一体コイツは何を言っているのか。
大体、何故引越し先を別れた彼氏に言わないといけないのだろう。
さも当然のような態度で言う男には、ツッコミどころ満載なのだが、俺は呆れ返って昔の男である来栖榮の顔をマジマジと見返した。
相変わらずの度の厚い眼鏡と、綺麗なぬばいろの髪が背後から入ってくる風に揺れている。
今見返しても綺麗な顔立ちだ。
三年前、いきなり別れを切り出したのはこいつの方だ。
自分の優秀なDNAを後世に残すために、子供を作ってくるからと言って出ていった。
そりゃ、俺は男だ。こいつがどんなに望んでも、子供を産んでやることはできない。
俺との未来などないと言われたも同然な事実を受け止めるしかなくて、榮を引き止めることは出来なかった。
「なんでテメェに教えなくちゃいけねえんだよ。さっさと出てけよ」
思い出すだけで不快な記憶に、吐き捨てるように告げて、榮の脇を通り抜けようとすると腕を掴まれた。
「麻次、なんだ?しばらく会わなかったから拗ねているのか」
「はァ?!テメェとは終わっただろ」
別れを突きつけたのはそっちだろうと、俺はその襟首を掴んで引き寄せた。
殴れば折れちまいそうな細い身体に、俺は振り上げた腕を降ろすのを躊躇する。
榮はきょとんとした表情を浮かべて、何か不思議なものを見るかのように俺を見返した。
「何が終わったんだ?折角、僕が麻次との可愛いベイビーを作ってきたのに」
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