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Ⅲ:2

◇  その日の仕事を終え、電話を留守電に切り替えると機械的な女の声が営業終了を告げる。  部屋の中に誰もいないことを確認したマネージャーと共に外へ出ると、そこには数人の売り子が壁に持たれて立っていた。  オールで働く奴らとは違い、既にプレイを終えたのだろう。殆んどの奴らが髪をしっとりと濡らしていた。  俺はそれを横目に、「お疲れ」と声をかけて歩き出すマネージャーに続き自身の部屋へ向かおうとする。だが、矢張りそんな簡単には行かなかった。 「ねぇ、ちょっと」  立ち止まり振り向けば、壁に付けていた背を離し俺を睨みつけながら立っていた。  売り子の中でも古株で、稼ぎ頭でもあるナオだ。割りと背は高めで精悍なタイプだけど、セックスポジションは【ネコ】ってやつ。マネージャーが言うには店一番の“オーナー信者”らしい。 「…なに」 「ちょっと話があるんだけど」 「だから、なに」  俺が面倒臭そうに聞き返すと、ナオの視線が俺の後ろへとズレた。 「従業員同士の争い事は見過ごせない」  ナオの視線の先で、俺と同じように足を止めていたマネージャーが口を挟んだ。 「争いだなんてそんな。マネージャーが心配するようなことじゃ無いですよ、ちょっと彼に話があるだけです」 「そうか。なら話が終わるまで俺も残ろう」  ナオは一瞬舌打ちをしそうな顔をしたが、それは何とか踏みとどまった様だ。視線が俺に戻る。 「じゃあ単刀直入に言うけど、キミ、オーナーから離れてくれないかな」  俺の後ろで溜め息が聞こえた。それには俺も同感だ。 「意味が分からない」 「そのままの意味だよ。キミがオーナーの側にいるのは、あの方に拾って貰ったからだろう?」 「まぁ、キッカケはね」 「恩を感じているのは分かるけど、このままここに居てもキミは僕らのように稼げる訳じゃないんだし? 役に立たないよね、恩なんて返せるのかな」  ナオの周りの奴らが、俺を見て笑った。  何だよ。ブサイクはここに居ちゃダメだってか?  イラっとした俺の後ろでマネージャーが動く音が聞こえたけど、俺は少しだけ振り向いて首を横に振った。今はマネージャーが入るべきではない。これは、俺に売られた喧嘩だ。 「僕のお客様にペットを探してる人がいるんだ。容姿は気にしないって言ってるし、キミに丁度良いかと思うんだけど」 「は?」 「分からない? ここでオーナーに寄生してるより、彼のペットになった方がよっぽどオーナーの為になるんじゃない? って言ってんの」  呆れた、こいつは本当に何もわかってない。  数馬さんの信者だと言うなら、どうして彼の考え方が分からないんだ。  俺の眉間のシワが更に深くなった。 「アンタは何も分かってない。離れるかどうかは俺が決めるべきことじゃない。まして、アンタが決められることでもない」 「なっ、」 「俺は数馬さんのモノだ。そう決めたのは数馬さんで、いま俺を繋いでるのも数馬さんだ。俺がどうするかはあの人が決める。余計な口出しは無用だ」 「……随分と自信があるじゃないか」  ナオの顔は、暗闇でも分かる程みるみる内に怒りで赤く染まった。周りの奴らも今にも俺に殴りかかってきそうな顔をしている。けど、だから何だって言うんだ。 「数馬さんの恋人になりたいなら勝手になれば良い。アンタ達が求めるものと、俺が求めるものは全く違うんだから」 「は…?」 「金も権力も友達も、家族も恋人も要らない。ただ俺は“数馬さんのモノ”であれば満足なんだ。あの人が俺を要らないって言うその時まで、側に居られればそれで良い。それだけで俺は幸せだ」  信じられないと言った顔でポカンと俺を見る売り子たちに笑いが込み上げた。 「俺のポジションに来たいなら、今すぐ全て捨てて来らいい。見すぼらしい格好で雨に濡れて、泥にまみれて倒れてたら良い。そしたきっと、アンタ達も数馬さんに拾って貰えるから」  ナオ達に背を向ければ、その先で笑を噛み殺したマネージャーがタバコを吸っていた。それを見た俺は、今度こそ我慢せず笑い声を上げた。

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