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Ⅲ:3
◇
翌日、俺は早速数馬さんと共に仕事用の服の調達に来ていた。
「この生地とこの生地、あとこの生地で一着ずつ頼む。デザインは任せる」
「畏まりました、お任せ下さい」
「出来上がりはいつになる?」
「そうですね…最優先でやらせて頂きますので二週間ほどで出来るかと」
「十日で仕上げろ」
「し、失礼致しました。必ず十日で」
「行くぞ。次は私服だな」
「え、あ…はいっ」
朝早くから起こされ連れて来られたのは、一着にウン十万なんて滅茶苦茶な値段が付けられるオーダースーツの店。訳も分からない内に服をパァっと脱がされメジャーを巻き付けられ、気付けば三着もスーツを注文されていた。
スーツのあとは私服をまた大量に買い込んで、俺の腕はもうもげ落ちそうなほど紙袋をぶら下げている。
「か、数馬さん…流石にもうコレ以上は…」
「ぁあ"?」
「い…いや、」
怖い。
この人絶対人殺したことあるよ…って感じの目で見られては何も言えなくなる。
そうして俺が止めることを諦め俯いた所で、俺を見下ろす数馬さんの後ろから一際爽やかな声が掛かった。
「あれ? もしかして数馬くん?」
その声に、目の前の数馬さんの顔が一瞬歪んだのが見えた。そのまま振り向いた数馬さんの体から、俺も少し位置をずらし覗く。
数馬さんに声をかけて寄ってきたのは、一見綺麗な女性…にも見える男だった。
艶々の黒髪は肩に触れるか触れないかくらいの長さまで伸ばされていて、前髪は所謂パッツンってやつ。男がそんな髪型を?と思うかもしれないが、その男には妙に似合っている。
百八十近い身長の数馬さんと同じくらいの背の高さと、和服を纏う体つきは明らかに男を主張しており、女性に見える風貌とはミスマッチなようでマッチしている…異様な風貌の男だった。
世間ではこう言うのもまた【美形】と呼ぶんだろう。
「偶然だね、買い物?」
「はぁ、まぁ」
素っ気なく返事する数馬さんを気にもしない男は、ずっとニコニコと笑顔を浮かべていた。だが、俺には何故かそれが恐ろしいものに見える。
「丁度良かった、予定が全て済んでしまって退屈していたんだ」
「俺は忙しいです」
「まぁまぁ、そんなツレない事言わないでよ。おや? その子は…」
偶然なのか何なのか、ずっと数馬さんの背に隠れていた俺は、にゅっと覗き込んできた男と初めて目が合った。
「へぇ、もしかしてこの子が噂の子かい?」
「………」
数馬さんは無言でもう一度俺を背に隠そうとした。だがその瞬間、目の前の男の目が弧を描く。
「出ておいで」
「ッ、」
腕を取られ引っ張られ、俺は男の視線に晒される。
「また随分と変わった趣味なんだね?」
「…余計なお世話です。で、用件は何ですか、八島さん」
数馬さんは今度こそ俺を背に隠し直した。
俺は庇われながら、今数馬さんが呼んだ名前を頭の中で復唱していた。
(八島…さん。八島?)
「用件? そんなものは無いよ。言っただろ、退屈していたと。良かったら彼を少しだけ貸してくれないかな? 是非私の家へ招きたい。それに、君には叔父の相手をして欲しいしねぇ。最近来てくれないと嘆いていたよ」
「…では、また後日改めて」
「数馬くん」
数馬さんが断ろうとしたその瞬間、名前を呼んだ八島の声が空気を凍りつかせた。
「私は君たちを“今日”、招きたいんだ。当然来てくれるだろう?」
「………」
「例の取引を無事終わらせたいなら、私は来るべきだと思うけど」
数馬さんがギリっと歯を鳴らした。
これはきっと脅しだ。
馬鹿な俺でもその場の空気に感づいて、思わず目の前のオカッパ頭…八島に飛びかかりたくなった。けど、それをすればきっと数馬さんが迷惑するだろうと、その衝動を必死に抑え込んだ。
そんな俺と八島の視線が再び交わると、奴は俺を見ながらニッコリと微笑む。
「どうする?」
俺を見ながら、数馬さんに向けられた問い。
そこに、拒否させる隙間など一ミリも存在しなかった。
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