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Sugar Baby Love:いつものお約束

 いつもこの物語は、突然何かが始まる。穏やかに始めたいのは山々なれど、吉川とノリトの付き合いがノーマルじゃないので仕方ないのである。仲が良すぎて、トラブルが絶えない。  今まさに弓道部の道場の扉を開けるべく、引き戸に手をかけた吉川。しかし開ける前に聞こえてきたセリフがショッキングすぎて、フリーズするしかなかった。 「ノリト先輩が好きなんです」  ゴンッ! 「――えっと困ったなぁ……」 (困ったなぁじゃないだろ! そこはバシッと、断らなきゃならない場面だと思うぞノリ! 優柔不断もとい、優しい恋人を持ってしまった自分が悪いのか!?)  呆れながら、ゆっくり息を吐いた。いつもなら猪突猛進の勢いで道場の中へと入って行き、ノリに口撃してやるところだが、俺も何かしら毎回やらかしているので、学習してるのである。  目を閉じて、深呼吸を数回――そして一旦気持ちを落ち着けてから、道場の中に向かって大きな声を出す。 「失礼しますっ!」  一言かけて中に足を踏み入れた。なにをしに来たと顔に書いたノリと、すぐ傍でひれ伏しているヤツが俺を見る。ゴンッて音は、床に頭を打ち付けた音だったらしい。見慣れない顔は、1年坊主だろう。 「吉川悪い、今ちょっと取り込んでいて……」 「別に構わない。俺、ここで待ってる」 「だから取り込んでるんだってば。空気読めよ」  ひれ伏した1年に視線を移すノリに、空気を読めてないのはおまえのほうだと、心の中で毒づいてやる。 「ノリト先輩と吉川先輩、仲がいいんですか? 意外な組み合わせですね」  唐突に1年坊主が話しかけてきたので、ここぞとばかりにノリの肩に腕を回して、ラブラブなトコをワザとアピールしてやった。  なのにノリは明らかに、げーっと困惑した表情を浮かべやがる。 (――チッ、可愛くないな) 「聞いて驚け。運動部の主将同士でいろいろと交流を深めてるから、すっげー仲がいいんだ。意外でも何でもない、必然だよなノリ?」  だからおまえがノリを好きになってもだな、俺らの関係のように子種がムダになるのと同じく、当然無駄なことなんだよ。 「吉川、必然なんてそんな大げさな……」 「そんなイヤそうな顔して、言うことないだろ」  言うこと可愛くないなと内心思いつつ顔を覗き込んでやると、口元にいつものうっすら笑いを浮かべたノリ。 (――ったく、可愛いじゃないか。わかりにくいのが難だけどな) 「吉川、いい加減に離してよ、これじゃあ落ち着いて話ができないから。ごめんね、変な先輩が乱入してきて」  ノリは迷惑そうにさっさと俺の腕を振り払って、ひれ伏している1年坊主の傍に姿勢を伸ばして正座した。  それよりも、変な先輩呼ばわりって酷くないか? これでも一応、おまえの彼氏なんだぞ。 「吉川さ、憧れのサッカー選手はいる?」  プンプン怒ってるところにいきなり質問をされてしまい、頭の中がプチパニック状態になった。いったい、何なんだ? 「あ、まぁな。ブラジルの選手でいるぞ」 「その選手と同じようなプレイができる?」 「できるワケないだろ。雲泥の差だっちゅーの」 「僕にもね、憧れの弓道の先生がいるんだよ。すぐ傍の大学に通ってる一つ上の先輩で、藤城さんっていうんだけど――」 (話がまったく見えない。ノリはなにが言いたいんだ?)  ワケがわからず首を傾げると、苦笑いをしたノリがこっちを見た。 「そのブラジルの選手は、どんなプレイをする人なのかな?」 「足技が何といっても、スゲーとしかいいようがない感じ。難しい局面でも、簡単にディフェンスを突破していくんだけど、広いフィールド全体を見渡せてるみたいで、パスも絶妙でさ!」 「吉川のプレイのお手本なんだね。だけどどちらかというと吉川の場合、単独で突進してることのほうが多くない?」  おおっ、よく見てるな、さすがは俺の恋人。 「たしかに。本来なら、もっと仲間にボールを回さなきゃいけないんだけど、視野が追い付いてなくてさ。俺の課題みたいなトコだな」 「憧れても、その人自身にはなれないよね」 「ああ、当たり前だろ」 「だから君も僕の射に憧れてもね、同じようにはできないんだよ」  言いながら、1年坊主の頭を優しく撫でるノリ。ついでに俺の頭も撫でてもらいたい。 「君はどちらかというと、力強くて男らしい射をするタイプだから、僕とは真逆なんだ。せっかくいいものを持ってるんだから、それをどんどん生かさなきゃ」 「このままでいいんですか?」 「うん、大丈夫。今度の週末、藤城さんがいる大学に練習行くんだけど、君も行くかい? 同じような射をする先輩だから、きっと勉強になると思うよ」  ワクワク顔で誘うノリに、頷きながらキラキラした目をする1年坊主。目の前でなされた週末弓道デートのお約束に、正直かなぁり面白くない。てかここ最近、週末に会えないのは、大学に通って練習しているからなのか? 「ノリト先輩、吉川先輩、今日はありがとうございましたっ!」  1年坊主が大きな声で挨拶をし、きっちり礼をして出て行ったのを確認してから、ぎゅっとノリに抱き着く。 「ノリト先輩、俺も優しくしてほしーなー」 「吉川ダメだよ。ここは神聖な道場なんだから、変なことをしたら殴るからね」 「え~っ、俺ってば何気に活躍してやったじゃん。ご褒美がほしい!」  うだうだ言う俺を背負いながら、ノリは道場の戸締まりのチェックをする。いつもなら「降りなよ」と振り落とすのに、軽々と俺を背負いながら歩くノリの体力に心底驚いた。 「おまえいつの間に、細マッチョになったんだ?」  言いながら後ろ手から薄い胴着の上を両手を使ってまさぐると、バシッと手を叩かれてしまった。  ノリト、吉川に容赦ありません(涙) 「まったく! 淫らなことを道場でしないっ。すっごい勘違いして乱入してくるし、困ったヤツだな吉川は」 「だってさ、『ノリト先輩好きです』なぁんて聞いたら、普通は居ても立ってもいられないだろ」 「あのコは、僕の射が好きですって言ったんだよ。得意の聞き間違えだね」  肩を竦めてやれやれポーズをするノリに、ちょっとムカついた。聞き間違えだろうと、俺はすっごく心配したんだ! 「しょうがないだろ、ノリが好きなんだからさ」  顔を近づけて言うと目の前でメガネをズリ下げ、顎を引きながら一歩後退したので、逃げられないように前進してやる。すぐに壁際に追い詰め、ドンッと両脇に手をついた。 「吉川、ダメだってば……」  頬を赤く染めて、上目遣いで誘うノリ。胴着の胸元も、さっきまさぐったせいで、何気に乱れていることによりとても色っぽい。これで手を出すなっていう方が、絶対に間違ってる! 「逃げるなよ、ノリ」 「――煌」  お互い引き寄せられるように顔を近づけた瞬間、壁に立て掛けられていた弓がふたりの間を邪魔するように、かたんっと倒れてきた。  いち早く俺がそれに気がつき、うまいこと弓を片手でキャッチしてノリに向き直ると、ぎゅっと目をつぶって固まっていた。その様子がどこか小動物みたいで、めちゃくちゃ可愛らしく見える。 「ノリ……大丈夫だよ」  片手に弓を持ったまま反対の手でノリの頬を触り、続きをしようと顔を近づけた。 「失礼しますっ、弓を忘れちゃって。あれ先輩方、何してるんですか?」  突如聞こえてきた声に反応するなり、ふたりして慌てて体を離し、なぜか取り合うように弓を握りしめていた。 「いっ、いやぁ、ノリに弓のことを教えてもらっていたんだよ。な?」 「そ、そうなんだ。もしかしてこれが、忘れ物の弓かな?」 「はい、すみません。お邪魔しました」  しどろもどろのふたりをよそに、爽やかに去って行った後輩。道場内で不謹慎な行いをすると、こうなるのである。それを身をもって体感したのであった。

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