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Sugar Baby Love:(*`ノз´)ヒミツネ
2学年最後の学期末テストを控え、ちゃんと勉強をしないといけないということが、わかっているのにも関わらず、ノリトの頭の中は、大好きな吉川のことでいっぱいだった。
――勉強なんて、あとまわし状態。歩きながら、スマホを見ちゃいけないのをわかっているけど、見ずにはいられない――
スマホの画面には、某サイトで扱っている簡単に作れるお菓子のメニューが、たくさん紹介されていた。
(僕の作った物を美味しそうに食べる吉川のあの顔が、もう一度見たいんだよな)
ぼんやりと、そのときのことを思い出してしまう。
バレンタインデーの次の日、お互いチョコを持ち寄って、僕の家でお茶会をした。普通のお茶会をするつもりだったのに、タイミングよく家族が出かけた途端に、吉川は遠慮なく僕に抱きついた。
その口にはポッチーが咥えられていて、無言で反対側を口に押し込まれてしまった。
躊躇する僕に、サクサクとポッチーをたいらげ、どんどん近づいてくるカッコイイ吉川の顔に、すごいドキドキしたっけ。
『昨日教室でしてもらいたかったこと、お願いしてもいいか?』
なぁんて言われて、どんなおねだりだろうとワクワクしたら、僕の作ったチョコを口移しで食べたいって耳元で囁かれて、またまたドキドキしちゃったんだよな。
そのあとお約束じゃないけど、チョコと一緒に食べられたワケなんだけど。
――僕ごとチョコを食べる吉川の幸せそうな顔が、また見てみたい――
ゆえにホワイトデーに手作りのお菓子を手渡して、僕ごと食べてもらったり……。
「いやぁ、本当に。参っちゃうな、もう!」
学期末テストを控えた男子高校生の考えることじゃないのは十二分にわかっているけれど、考えずにはいられない。
「それにしても、このサイトで扱ってる簡単に作れるお菓子、難解な言葉が多いんだよな。HMとかBPって一体何だろう? こんなところを、簡単にしなくてもいいのに」
まったく、もう。と、ぶつくさ文句を言ったとき――。
「何か困ってるんですか、ノリトさん?」
左肩をぽんぽんと叩く、優しくて男前な女神様の声が耳に届いた。
「おはよう、大隅さん。ナイスタイミングだよ! 助けて」
泣き真似をする僕の姿に、朝から豪快に爆笑してくれる。うーん、笑顔が眩しいぞ。
「おはようございますっ、朝から勉強熱心ですね。現国なら何とか、お手伝いできますけど」
「あー、うん。その……」
(普通に考えたら、この時期の困ったことといえば、学期末テストが一番だろう。僕の優先順位は、どんなときでも吉川だからな。3年に進学できたあかつきには、勉強と入れ替えなくちゃ)
「大隅さんだから、思い切って相談するね。実はコレなんだ」
意を決してスマホの画面を、ばばんと目の前に突きつけた。
「ん? お菓子がいっぱいですね。どれも美味しそう」
「そうなんだ、いっぱいありすぎて選ぶのに困ってしまって。吉川に贈る、バレンタインのお返し――」
「あっ、ホワイトデーですね。いいなぁ」
ニコニコ顔の大隅さんと、テレまくる僕。傍から見たらカップルに見えるだろうけど、今はそれを気にしてる場合ではない。
「吉川のヤツ、アレルギー持ちだからさ。やっぱ自分で作ったのをあげた方が、安心安全かなと思って。それでいろいろ調べてたんだけど、そこに載ってる用語が、さっぱりわからないんだ」
――お菓子と一緒に、僕も食べられたいから――
なぁんてことを堂々と言えるハズがないので、アレルギーを強調して大隅さんに伝える。
デレた顔を必死に隠し、アルファベットで記載された文字を、指でなぞって聞いてみた。
「ああ、それ。ホットケーキミクスに、ベーキングパウダーですよ。カタカナ表記すると長くなるから、そうやって載せてるんでしょうね」
「なるほど。助かったよ大隅さん。いつもありがとう」
昨日から胸につかえていた疑問がすっと消え、思わず笑みがこぼれてしまう。
「もし良かったらなんですけど、また一緒に作りますか? 弟がバレンタインのチョコを貰ってて、お返ししなきゃならないんですよ」
「本当!? 僕でも作れる物あるのかな?」
「大丈夫です。粉を混ぜて生地を伸ばし、型抜きでさくさくっと抜いてから、オーブンに入れるだけの簡単に出来ちゃう、クッキーですから」
「そのセリフを聞いてるだけで、作った気になっちゃった。前回同様ヨロシクお願いします、大隅先生っ!」
「ノリトさん、余裕ありすぎ。まずは学期末を終わらせてからですよ」
ふたりで笑い合いながらクッキー作りの相談をし、仲良く校門をくぐった。
いつものように下駄箱から上履きを出して、モソモソ履いてから、後方にいる大隅さんに声をかけようと振り向いた。てっきり同じように上履きを履いてると思ったら、下駄箱を開けたまま固まっている。
どうしたんだろうと首を傾げながら近づいて、下駄箱の中を見てみると、白い封筒が一通、入っているではないか!
「大隅さん、これってもしかして、ラブレターだったりする?」
ワクワクしながら聞いてるのに、大隅さんはどこか暗い顔をして、ぼんやりしたままだった。
「そういえば一年の頃、三年の先輩の下駄箱に爆弾の予告状が入ってて、犯人が教頭だったっていう事件があったよね。もしかしてそれも、何か事件の予告状だったりして!」
暗い雰囲気の大隅さんを何とかしたくて、くだらないことを言ってみたものの、なぜだかもっと暗い表情になり、困った顔をする。
(むー。何か地雷的なモノを、踏んでしまったのだろうか?)
「ノリトさん、ちょっとだけいいですか?」
大隅さんはため息をつきながら中から手紙を取り出して、人が来なさそうな階段下にある奥まった空間に僕を誘う。
足元にカバンを置き、さっきの手紙の中身を見る大隅さんの顔は、相変わらず暗いまま。読み終えると、黙って僕に手渡してくれる。
「――淳くんと仲がいいからって、自慢してるんじゃないよ。ブスのくせにナマイキ……。ちょっとこれ、酷い内容だね」
手紙を読んで、しくしく心が痛む。本人ならもっと辛いだろう。
「ノリトさん、このこと絶対に……絶対に淳さんには言わないでください」
「どうして? だってこれって淳くんと仲良くしてるから、ひがんだ女子が書いたものでしょ。もっと酷いことをされる可能性だってあるんだよ。心配だなぁ」
もう一度文面を読み直し、手紙を畳んで大隅さんに返した。
「手紙だって、毎日じゃないですから大丈夫。それにこんなことで、心配かけたくないんです。放っておけば、その内なくなりますよ。攻撃しても、スルーするヤツなんだなって認識されたら、こっちのもんですって」
「でもさ……」
「せっかく……せっかく淳さんと、ここまで仲良くなれたんです。余計な心配かけて負担を増やしたくないし、何より――この距離感、失いたくないから」
「大隅さん……」
大隅さんは困り果てた僕の手を、持っている手紙ごと、ぎゅっと握りしめる。
「お願いです。絶対に絶対に、ナイショにしてくださいね」
「わかった、お口チャックしておく。だけどそういう嫌がらせが、少しでも酷くなったら言ってほしいな。違うクラスだけど出来るだけ女子の行動に、目を光らせてあげるからさ」
大隅さんには吉川のことでたくさん助けられているからこそ、恩返しがしたいって思った。
(ホワイトデーのクッキー作りよりも難問だよ。どうしたら彼女を、いつもの明るい笑顔で、いさせることが出来るだろうか……)
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