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Sugar Baby Love:ほろ甘いホワイトデー

 いつもより早めにクラスで昼食を済ませ、ノリのクラスに顔を出した。 「あー、吉川残念だったね。ノリトのヤツ、風邪で欠席だよー」 「な、なんだとっ!?」 (俺よりも健康優良児のノリが、風邪を引くなんて……しかも何で今日なんだよ、タイミング悪すぎだろ。これもツンデレ補正の所以なのか?)  ガックリと肩を落とし呆然としながら、淳の席に向かう。せっかくのホワイトデーが、パーじゃないかよ。すっげぇ楽しみにしてたのに! 「何か大隅ちゃんの弟から、風邪をもらったんだってさー。ご愁傷さまー」 「何で大隅さんの弟から、風邪なんて貰うんだよ。接点ないだろ?」  当たり前のことを言うと、淳の顔がしまったという表情になる。 「まさかとは思うが、ノリと大隅さんと弟で3P――」 「どうしてそんな考えが出るんだ。大隅ちゃんがノリトと卑猥なことを、するワケがないだろ」 「淳、おまえが知ってる情報をくれたら、俺もとっておきのネタを提供してやるよ。大隅さんに関してだ。どうだ、知りたいだろ?」  背に腹は変えられない。許せ、ノリ! おまえのことが好きだから、何でも知っておきたいんだ。 「しょうがない、教えてやるよ。ノリトのヤツ、大隅ちゃん家で、ホワイトデーのお菓子を作ったんだって。自分が手作りしたモノを美味しそうに食べる、吉川の顔が見たかったんだと。大隅ちゃんと一緒に作りながら、デレデレした顔で白状したらしい」  その言葉を聞き、胸がじーんとする。ノリにめちゃくちゃ、愛されてるじゃないか俺ってば! ヤバい、泣きそうなんだけど……。 「感動してるトコ悪いんだけど、こっちにも情報くれよ。大隅ちゃんの話って、なんだ?」  デレッとする俺とは対照的に、キリリッと顔の表情を引き締める淳。真面目に伝えねばなるまい。 「ノリのヤツ、大隅さんが女子に嫌がらせされてるトコ、見つけちゃったんだ。下駄箱に淳と付き合ってることを、非難する内容の手紙が入ってたみたいでさ。大隅さん、淳に心配させたくないから黙っててくれって、必死に頼んだらしいぞ」 「なんだよ、それ……。大隅ちゃん、俺に心配されたくないっていうのか?」  愕然とした淳の腕を引っ張り、この間ノリと話をした、廊下の窓辺に誘導する。 「大隅さん優しいコだろ。気を遣ったんだって」 「でも俺のせいで嫌がらせされてるのに、水臭いだろ。言ってくれたら、対策を練ったのにさ」  悔しそうに言いながら、両手の拳をぎゅっと握りしめる。 「あのさ今更なんだけど、淳は大隅さんのこと、どう想ってるんだ? 何ていうか、今のおまえらの関係って、中途半端に見えてるから。ちょっと前までノリのことを好きだったおまえが、短期間で大隅さんのことを、好きになれるのかなぁって」  恐るおそる聞いた俺に、敦士は今まで見たことがない切なげな表情を見せて、ため息をついた。そして窓の外を見て、ちょっとだけ微笑む。 「吉川は俺がまだ、ノリトのことが好きだと思ってるのかよ?」    淳の微笑の意味がわからず、何て言って答えようか、一瞬悩んでしまった。 「ええっと大隅さんと一緒にいるおまえを見てると、ノリのことはもう過去の人になったのかなって、思ったりしたけどさ。人の心は目には見えないから、正直わかんねぇわ」 「確かに直ぐには気持ちの切り替えって、難しいだろうなって思った。ノリトのこと、1年のときから想っていたんだから、それは当然だろ?」 「ああ……」  俺が不機嫌な声で答えると、敦士はしてやったりな顔で体当たりする。 「吉川の知らない1年の頃のノリト、めちゃくちゃ可愛かったんだ。あどけない少年みたいな雰囲気していて、純真無垢っていう言葉がピッタリでさ。穢してやりたいって、何度思ったことか」 「話をすげ替えるな。過去の自慢話しても、嫉妬なんかしねぇし」  そう言って、体当たりし返してやる。  今現在、ノリは俺のことが好きで付き合ってるんだから、昔の話を持ち出されても、全然平気だぞ。と内心、強がってみた。  そんな俺のことを、何か言いたげな顔して見下ろす淳。 「片想いから失恋して、大隅ちゃんと一緒にたくさんヤケ食いして、話もいっぱい聞いてもらったんだ。かけてもらった言葉のひとつひとつが、俺の癒しになっていった」 「優しいからな、大隅さんは」  自分の気持ちを隠して淳の話を聞くのって、彼女にとっては酷なことだったろう。 「ああ、すっげー、じわぁって癒された。心に出来た大きなキズに丁寧に消毒して、絆創膏貼ってくれた感じ。ここまで優しくされる価値、俺にはないのさー……」 「何、寝ぼけたこと言ってんだ。大隅さんにとって淳は特別な存在だから、いつも傍にいてくれたに決まってるだろ」 「特別な、存在――?」 (ゲッ! 俺ってば余計なこと、言っちまったかも……) 「あー、えーと、ほらあれだ。友達として見てるならそこまで普通は、優しくしないって思うぞ」  苦笑いしながら必死になって、この状況を回避する術を考える。  吉川のバカっ! どうして大事なことをバラしちゃうのさ! なんていうノリの怒号が、頭の片隅で響いた。 「大隅ちゃんが俺のこと、好きだっていうのか? まさか……」  俺よりも10センチ背の高い淳が、ぎゅっと掴みかかってきた。その迫力は某アニメに出てくる、大型巨人の迫力である。ノリ、助けて! 普段穏やかなヤツがキレたら、恐怖心が二割り増しだぜ……。  かなりビビりながらだったが、それでも言葉を繋げた。 「そそ、そのまさかだって。ノリは大隅さんの相談、いろいろ乗ってたみたいだったぞ」 「ガーン……。いろいろショックだ。俺ってば大隅ちゃんに甘えてばかりで、彼女の気持ち、全然考えてなかった。最低だろ……」  言いながら俺の体を廊下の壁にぶっ飛ばし、大きなスライドで大隅さんのクラスに入って行く。 (ちょっ、未来のエースストライカー様を壁にぶっ飛ばすとか、あり得ねぇだろ。)  したたかに打ち付けた後頭部を撫でながら、苦笑するしかない。自分が同じ立場だったら、間違いなく同じことをしていただろう。そのもどかしい気持ちがわかるから、文句は言ってやんねぇけどな。 「大隅ちゃん、どこにいる?」  教室に入った瞬間、大きな声で言い放ち、大隅さんを必死に捜す淳の背中を追った。窓際の後ろの方にいた大隅さんが、不思議そうな顔して、ゆっくり立ち上がる。 「淳さん? 何かあったんですか?」  淳は声のする方にまっすぐ歩いて行き、無言で大隅さんの体をぎゅっと抱きしめた。クラスの女子が騒然として、キャーッと黄色い悲鳴が、あちこちで上がる。 「大隅ちゃん、辛い思いさせてゴメン。俺、謝っても謝り足りない!」 「えっ? えっ?」  ワケがわからない状態の大隅さんは抱きしめられたまま、教室の戸口にいる俺に視線を飛ばした。  何と言っていいかわからず、両手を合わせて、ゴメンなさいのポーズをする。いろいろバラしすぎてしまって、本当に申し訳ない! きっとあとから、ノリにお説教を食らうのが目に浮かぶ。 「大隅ちゃん、俺、しっかりケジメつけてくる!」  淳は迫力のある男前の顔をしながら言い放つと、大隅さんの頭を優しく撫でてから身を翻した。そして戸口に立つ俺に、一言ゴメンと言って、2階に続く階段を駆け上がって行く。 「吉川さん、一体何があったんですか?」  頬をちょっとだけ染め、困った顔して聞いてきた大隅さんに、俺も同じく困った顔をするしかない。 「とにかく、淳のあとを追いかけようぜ。勢い余って、何するかわかんねぇからさ」  今は、ごちゃごちゃ揉めてる場合じゃない。大隅さんと一緒に、階段を上りかけたときだった。 『あー、テステステス!』  校内のスピーカーを通して、淳の声が響く。 「淳さん――」 「急ごう、何を放送するつもりなんだか」  大隅さんを引っ張って、なだれ込むように放送室に入った。  淳は俺たちが入ってきたのを華麗に無視して、マイクに向かって喋り出す。 「俺の大好きな大隅ちゃんに嫌がらせする女子、どこの誰かわからないけど、2-Aにいる俺のトコまで顔を出せ。地獄を見せてやるから、覚悟しておけよ!」 (淳のヤツ、何気に校内放送使って、愛の告白してんじゃねぇよ。ムダにカッコイイじゃないか)  呆れ返る俺の横で、大隅さんは両肩を震わせている。やっぱ感動するよな、両想い確定なんだから。 「そんなのダメですっ! ダメったら、ダメですっ淳さん!」 「「何で!?」」  マイクがそのままON状態で、淳と俺の声がシンクロする中、大隅さんはマイクの前に立つ淳の体を、両手を使って突き飛ばした。大柄な体が、いとも簡単に壁際まで吹っ飛んでいく。大隅さんは腰に手を当てて大きな深呼吸すると、マイクに向かってよく通る声で喋り出す。 「私はどんなことをされても、全然平気です。淳さんを想う気持ちがあれば、どんなことだって耐えられるから。何か言いたいことがあるなら、2-Bの大隅まで来なさい! 負けないんだからっ!」  言いたいことを言い終え、淳の顔をキッと睨む。 「何、考えてるんですか淳さんっ! アナタはウチの高校の野球部には、絶対必要な人なんですよ。くだらないことで問題起こして、大会に出られなくなったら、どうするんですか!」 「でも大隅ちゃんが、女子に嫌がらせされてるって聞いて、居てもたってもいられなくて……」 「そんなものは無視しておけばその内、諦めるものなんですってば」 「好きな女のコが苦しんでるっていうのに、何もしない男がいるなら見てみたいくらいだ。そうだろ吉川?」  急に話を振られ、顔を引きつらせることしか出来なかった。イチャイチャに、巻き込んでくれるなよ……。 「ふたりとも悪い。まずはマイクの電源を切ろうか。今の会話が全部、筒抜け状態だからさ」  俺がそう言うと大隅さんは顔を真っ赤にし、口元を両手で押さえる。淳は苦笑いして、マイクの電源をOFFった。 「大隅ちゃん、改めてゴメン。これからは遠慮しないで、まずは俺に相談して」 「……淳さん」  見つめ合うふたりの背中を、廊下の向こう側まで押し出した。 「この放送聞いて、先生とかウルサイ連中が来るかもしれないから、そこの進路指導室に隠れておけよ。真下は職員室だから、ドタバタするなよな」  俺が笑いながら言うと、淳は不思議顔をし、大隅さんはこれ以上ないほど、顔を真っ赤にさせた。  あーあ、この光景をノリにも見せたかったなぁ。

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