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第1話

僕は今日、娼夫を買った。 寂れたラブホテル。この辺で一番安い宿泊代。 薄暗い部屋を照らす紫色のランプ。 部屋に充満する石鹸の香り。 キングサイズのベッドに腰掛ける二人の男。 サラリとした冷たいベッドシーツは火照った体にちょうど良い。 僕は目の前に座っている彼を見つめていた。 白いバスローブに身を包んだ彼は、僕からずっと目をそらしている。伏せた目元にあるまつ毛は長く、瞬きをするたびにチリチリと動いている。 そんな彼に向かって言った。 「今から始めても、大丈夫?」 青年は僕の言葉にコクリとうなづいた。 彼は意を決したように、バスローブの紐を解いた。 バスローブがベッドに落ちる。 そして露わになった彼の身体を僕は凝視した。 細く、薄い身体にしなやかな筋肉を程よくつけている。発育の良い雄猫のような身体だった。 生まれたままの姿になった彼は僕に近づき、キスをした。スルリと舌が口内に侵入してくる。僕と彼の舌が溶け合ってしまいそうなほどに絡んだ。彼の暖かい舌が、僕の歯並びを確かめるように動く。 そのまま僕たちはベッドに倒れこんだ。 僕の上に跨る彼はキスを中断し、口を離す。 ちゅぷ、と離れた唇の間に唾液が糸を引いていた。彼はペロッと自分の唇を舐め、糸を切った。 僕は口の端に垂れた唾液を拭うこともせず、ぼんやりと彼を眺めていた。 支配人の話によれば、彼は今日入ったばかりの新人だった筈だ。名前はズオというらしい。18歳くらいだろうか。彼の纏う色気の中に僅かなあどけなさを残している。 僕はそれなりの経験をしてきたつもりだった。しかし、こんなにキスが上手い娼夫と出会ったことは一度もない。 いつの間にかズオはベルトを外し、僕のズボンを脱がせていた。すっかり彼のペースに流されている。 ズオは、熱を持ち膨らんだ下着を撫でた。彼の指が当たるたびに快楽が電流のように走る。 彼がボクサーパンツのゴムに指をかけたので、僕は気を利かせて腰を浮かせた。 下着はあっさりと僕の体から離れた。 ズオは僕の脚の間に寝転がり、ペニスに息を吹きかけた。不思議な感覚に腰が跳ねる。 そして内腿、脚の付け根、へその下の順に口づけをした。舌が肌に触れそうで触れないギリギリの力加減だ。 ズオは決して僕の敏感な部分に触れようとしない。 くすぐるようなキスが続く。しばらくすると、僕の体の表面はチリチリと熱を持ち始めた。 ズオの細い指に内腿を撫でられ、つい声が漏れた。 それが合図だったのか、彼は一気に僕のペニスを咥えこんだ。 痺れるような快楽が全身を駆ける。 ねとねとした粘膜と口内の暖かさが僕を包む。彼はキャンディーを舐めるように舌を小刻みに動かした。 快感の波が押し寄せる。頭がぼんやりとしてきた。 僕は上半身を浮かせ、口淫するズオを眺める。 彼は上目遣いで僕を見つめていた。目がバチリと合う。 さっきからズオは一言も発さないが、それは彼が口をきけない訳でも無愛想な訳でも無い。 彼の勤務する店の決まりなのだ。 "娼夫は声を出してはならない" そんな規則を守っているだけである。 そうこうしていると、波の間隔が狭くなってきた。波に合わせるように、ズオの吸い付きも激しくなった。 腹の下に熱が集まる。 そしてその熱はズオの口腔に放出されたのだった。 ズオの喉が動く。精液を飲み干した。 肩で息をしながら起き上がる。そして彼の耳元で囁いた。 「次は僕が触ってもいい?」 ズオはコクリとうなづく。彼の髪の香りが鼻腔をくすぐる。 「そこで横になって。痛かったら教えて」 彼を寝かせると、僕はサイドテーブルに手を伸ばした。ローションの蓋を開け、指に馴染ませる。 そして人差し指を彼のナカにずぷりと沈ませた。第二関節まですんなり入った。 ズオに負担がかからないように少しづつ慣らす。指を動かしているうちに、彼の反応しやすい場所を見つけた。そこを集中的に弄る。 「ッあ、ふっ…っ」 ズオの息が上がり、顔が紅潮した。 声を漏らさぬように口を押さえている。 快楽から逃れようと身をよじった。 「……はぁッ…」 彼の腰が仰け反った。びくびくと若鮎のように跳ねる。 胸を大きく上下させながら呼吸をしている。 彼の白い頬と首筋が赤く染まった。 そしてズオはゆっくりと仰向けになり、僕の目を見つめた。 「……いいの?」 僕の問いにズオはうなづく。こういう瞬間に相手が話せないことをもどかしいと感じる。 コンドームを着け、彼に挿れるまでたいした時間はかからなかった。 最初はゆっくりと、そして徐々に動きを早める。 僕の動きに合わせてズオは息を短く吐く。 体は汗ばみ、瞳は涙で潤む。 ズオは僕から目を逸らそうとしない。深海のような深い青色の瞳で僕を見つめる。 「ごめん……」 悲鳴のような情けない声を出してしまった。 僕はズオの中で果てた。 普段ならもう少し持つのに。今日に限ってそうはいかなかった。 ドクドクとしたわずかな振動が腹に伝わる。 名残惜しく思いながら、引き抜いた。じゅぷ、と間抜けな水音が鳴る。 「代金はサイドテーブルにあるから」 僕はそう言うと、ベッドに倒れる。 突然耐えきれない眠気に襲われた。目の前のズオの表情が次第にぼやけ、そして見えなくなった。

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