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第1話
夏も近づこうとしている日差しの強い午後。陸夫 は校舎裏へ日陰を探しにタバコをくわえながら歩いていた。
タバコは一人で吸うに限る。
わざわざ用意してある喫煙室にぎゅうぎゅうと押し込められるなんてまっぴらごめんだと、禁煙である構内で堂々とタバコを吸っていた。迷惑なやつだ。
太陽の光がまぶしすぎる。陰になっているところを見つけ目をすがめると、先客がいた。
学生であろう二人が、一人は壁に背を預けてだらしなく足を放り出し、ぴくりとも動かない。もう一人は彼の股間にうずくまっていた。
近づいていくと、どうもうずくまっている男はもう一人の陰茎に激しく吸い付いているようだ。
強姦っていうのかなこれ、と陸夫は思い、夢中になっている男のもとへ近づいて行った。日が陰ってきて、その男の姿がはっきり見えるようになる。
男は背中に黒い大きな翼を背負っていた。
さらに近づくと、小さな黒いツノが見えた。
記憶がよみがえる。
幼かったころ見た、反転した空の中に浮かんでいた、黒い翼に黒い鎌を持ち黒い服を身にまとった死神の姿。
一瞬にして視界からいなくなった、あの漆黒の悪魔の記憶が。
しかし。これはどこからどうみても、一方的にオーラルセックスをしているようにしか見えない。鎌なんて持っていない。黒いツノが上下に動く。
まったく陸夫に気が付かない男のツノを触り、彼に声をかけた。
「なにこれ、コスプレ?」
びくりと、股間に顔をうずめていた男が顔を上げた。
口の端から垂れている精液をぬぐい、ざっと陸夫と距離を取る。
その拍子に、陸夫が掴んでいたツノがぽろりと取れた。
「あ」
「え?」
「うは、これ取れちゃったよ。わりーわりー」
少しも反省の色が見えない陸夫は、取れたツノを握り締める。男は驚いたように目を丸くして、びくりと体をこわばらせた。
「なんで取れるんだ?」
「知らねーよ。そもそもお前何してんだよ」
「あんた誰だ」
「お前こそ誰だよ」
陸夫はツノを握り締めたまま、反対の手で黒い翼に触れる。ばさりと動き、うわっと声を上げた。
「なにこれどうなってんの?」
ぐいぐいと翼を引っ張ると、彼は顔をしかめた。
「痛い! 触るな」
え? 痛いの? と、陸夫はぱっと手を離した。彼は陸夫を睨みつけながら手を差し出す。
「返せよ」
「……その羽本物?」
「当たり前だろ」
「飛べんの?」
「…………」
「飛べよ」
「返せよ」
「飛べって」
「それが無いと飛べないんだよ!」
「……へえ……」
陸夫はにやりと笑うと、ツノを持つ手をさらに握り締めた。彼は再びびくりと体をこわばらせる。面白がってツノを手のひらで弄びながら、彼の翼に再び触ろうとすると、それはばさりと背中に消えた。もう片方のツノも引っ込んでいる。
「うは、消えたよ。おもしれー」
どうなってんの? と再び口にしながら彼の背中をのぞき込もうとする。翼が本物だという言葉に嘘はなさそうだ。と、思う陸夫もどうかしている。
「何でこれがないと飛べないの?」
ツノを指先でつまみあげ、彼の顔にぐいと近づける。サッと彼の手がそれを奪い取ろうとして、陸夫は大仰にそれを避けた。
「ツノが片方だとバランスがとれない」
「バランス? なんだそりゃ。猫のヒゲみたいな感じ?」
「どうでもいいだろ。あんたには関係ない。いいから返せ」
再び手を伸ばしてきた彼を避けると、にひひと笑った。
「こんなおもしれーもん返すわけないだろ」
陸夫は手の中にツノを握り締めると、彼に背を向けた。
「ちょっと待て!」
彼の声も、気絶している男も、完全に無視をしてすたすたと歩いて行く。男は追ってこなかった。
飛べなくなるのか。
陸夫はもう一度へえ、とつぶやいて口を歪めて笑った。
あの時の死神とは似ても似つかないあの男は、しかし黒い翼を持っている。
もしかすると、自分の願いを叶えてくれるかもしれない。
ならばこれはいい取引材料になる。
いいものを手に入れた。
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