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第2話
一郎は陸夫の後をつけていた。
尾行などするのは初めてで、何度か見失いかける。そろそろと背中を見つめて歩きながら、飛べれば早いのにと舌打ちしたい気分だった。飛べるのならば尾行などしなくてもいいことに気づかない。
大学からそれほど遠くない場所のマンションに、陸夫は入っていった。1階の角部屋の鍵を開けているのが見える。
それを確認してから、一郎は近くの喫茶店で時間をつぶした。
また出かけてくれるといいのだが、そんなに都合よくはいかないらしい。狙うなら夜か。彼が寝静まってから、こっそり取りに入るしかなさそうだ。
いい加減長居しすぎて店員に嫌な顔をされ、小心者の一郎は仕方なく店を出た。どこで時間をつぶしていいのかわからない。陸夫のマンションの前に戻ってくると、不審者さながら部屋の窓が見える道路に陣取ってぼんやりしていた。おそらく通報される。
しかし何事も無く夜が更けていき、しんと辺りが静まり返ってきた。
夏が近いとはいえ、夜は少し肌寒い。さんざんあった時間の中で、家に服を着替えにいけばよかったと、今更悔やんでみたが、もう遠くて面倒くさい。彼の住んでいるマンションは大学を挟んでこことは真逆の場所だった。
飛べればすぐなのに。再び思った。
と、見張っていた陸夫の部屋の明かりがふっと消えた。
時計を見ると24時すぎ。思っていたよりもちゃんと早く寝るのかと、あの見た目を思い出し少し笑ってしまった。
陸夫は少し長い髪を赤に近い茶色に染めて、カチューシャのようなもので顔にかからないようにしていた。服は派手なTシャツ一枚で、ハーフパンツを履き、足元などサンダルだ。なんというか、チャラチャラしていた。と、一郎は思った。人のツノを奪っていってしまうのだ。まともな人間ではない。
ふるりと体を震わせて、さらに2時間ほど陸夫の部屋の窓を見つめ続けて、ようやく一郎は行動に移した。
とりあえず玄関のドアの前まで行ってみる。そっとドアノブを押さえ、ガチャリと鍵の感触が手にはねかえってきて、再びそっと元に戻した。当たり前か。
続いて一郎はベランダに回る。じっと目を凝らしてみると、やはり鍵がかかっていた。寝室らしき部屋の窓へ向かう。そこが開いていなかったら、これだけ待っていた意味は全くなくなってしまう。最後の希望をかけて、そっと窓を横に押した。
カラリと小さな音を立てて窓は難なく開いた。喜びの声をあげそうになって、口を両手でふさぐ。物音をさせないように気を付けながら、窓の桟に体を持ち上げて足をかけた。ベッドが大きくて、足を下ろす場所がわずかしかない。ベッドに乗ってしまうと揺れて陸夫が起きてしまいかねないので、狭い足場にそろそろと降りていった。
とたんに、ぐっと腕を掴まれた。パッと部屋の明かりがつく。陸夫がにやにやしながら一郎の腕を捕まえていた。
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