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恋を奏でる爪音:歌会

 雲ひとつなく冴え渡る綺麗な青空に、炎暑を思わせるような強い陽光が、地上にいるすべての者を焼き尽くすように、嫌になるくらいに照らした。 「ただでさえ暑いこんな日に、わざわざ大勢を集めて清涼殿で歌会とは。そんな催しをせずとも、この世にある権力は帝のものだということくらい、わかりすぎるくらいに皆もわかっているというのに……」  容赦なく照らす太陽と今の現状に私はうんざりしながら、右大臣である父の隣に静かに座る。 「おいおい|鷹久《たかひさ》、滅多なことを言うものじゃない。誰かの口から帝の耳に、おまえが言った文句が届いたらどうするんだ?」 「さぁ。私は別にかまいませんよ」  本来なら父の跡目を継ぐべく、右大臣の片腕として仕事に精進しなければならない身分だった。しかしながら自身の権力を脅かす者すべてを始末してきた所以で、皆から鮮血帝と呼ばれる帝にこき使われることを考えるだけで、まったくやる気が出なかった。  ゆえに血生臭さとはまったく無縁の雅楽寮の頭として、楽筝等の雅楽に携わっている。そんな雅な毎日が、自分には似合っていた。誰かを想いながら、琴の音をゆったりと紡いでいく。たとえそれが、相手の心に届かないとわかっていても――。  延々と照りつける太陽の光に心底ウンザリし、苦り切った表情で黙り込む私に気遣った父が、額に滲んだ汗を拭いながら、顔を寄せて話しかける。 「選出された和歌の中に、あの水野宮親王も入っているそうだ」  殿上人は全員の出席を義務付けられている上に、お題に添った和歌をあらかじめ提出させられる。その中から優秀な作品を帝の御前で披露するのが、今回おこなわれる歌会の趣旨だった。 「父上の作品が選ばれなくて、至極残念でしたね」なんていう、気のない返事をしようとした瞬間に、沸き立つような人々のざわめき声がして、その者へと視線が一斉に集中する。さきほど父の口から話題になされた水野宮親王が、優雅な足取りでこちらにやって来た。帝の後継者候補として名高いため、人の目を自然と集めていらっしゃった。  お顔の色が映える鮮黄色の衣を身にまとい、颯爽と歩を進められる艶やかなお姿は、陽の光よりも神々しく見てとれた。自分の身分に比べてほど遠くあらせられる上に、ずっと恋焦がれているお方だった。  そしてすべての殿上人が集まったところで、すこぶるつまらなさそうな面持ちの鮮血帝が玉座に姿を現した。一同がそろって平伏すと、張りのある声で皆に告げる。   「この暑い中、よく集まってくれた。面を上げよ」  鮮血帝は清涼殿に響くような大きな声で言いながら、その場に腰を下ろして、自分よりも下座にある顔をそれぞれ眺めていく。突き刺すような視線を皆が目を逸らしてやり過ごした。そんな雰囲気の悪さを払拭するように、司会である大納言が鷹揚な咳払いをした。 「今回のお題は『蛍』でした。その中で最も優れたものは、水野宮親王のものでございます」  その言葉に会場がどよめいた。あちらこちらで騒々しい声が交差すると、大納言が場を制するように、ふたたび大きな咳払いをする。一瞬で静寂がおとずれた刹那、鮮血帝はぽつりと呟いた。 「他の者が選ばれぬところを見ると、たいしたことがないのであろうな。つまらぬ……」  実の息子が選ばれたというのに冷たい言葉を言い放ち、関心がなさそうに頬杖をつく。水野宮親王はあからさますぎる鮮血帝の姿を一瞥してから立ち上がり、視線を遠くに飛ばした。 (あのご様子はきっと、想い人を眺めているに違いない……)  私が視線の先にいる人物に嫉妬していると、水野宮様の澄んだ声で和歌が披露される。 「夕されば 蛍よりけに燃ゆれども 光見ねばや 人のつれなき」 (夕方になると自分の想いは蛍よりも燃えているのに、光が見えないのか、あの人は素っ気ない)    披露された水野宮様の和歌に、方々から声があがった。想い人を思い起こさせるような内容だけに、間違いなく相手を探し出すような噂話をされることが目に見えた。 「どこぞの姫君でしょうなぁ。水野宮親王のお心を和歌にするほど、悩ませておられるお方は?」 「水野宮様がお慕いしている姫君、大層気になりますなぁ。和歌からご様子を想像するだけで、とてもお美しい姫君なのでしょう」  和歌を詠み終えた水野宮様は、はじめに見た場所にふたたび視線を送りながら小さくため息をつき、まぶたを伏せて静かに座った。私が奥歯を噛みしめつつ宮様が視線を送った先を確かめると、予想通りの人物を発見した。わざわざそんな確認をしなくてもいいというのに、そのせいでさらに胸が痛んだ。 「……宮様の|家司《けいじ》、翼の君――」  水野宮様の身の回りの世話をする、家司の翼の君。ふたりはまだ恋仲ではない。傍からみれば互いを想い合ってるのは、一目瞭然だった。  先ほど披露した和歌も、翼の君に向けられたものだろう。いい感じにすれ違っている内容をうまいこと表現しているからこそ、察することができてしまう。  想いを告げることも行動に移すことすらできない、弱い自分がここにいる。だが宮様の穏やかなお顔が見られるのなら、翼の君の背中を押してやろうと考えついたのだった。

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