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第1話

会社の後輩、柳井は気の利く男だ。 みんなのことをよく見ていて、さりげなくフォローする。 決して出しゃばらず、押し付けがましくなく、爽やかで薫風のような存在だ。 けれどたまに……。 「溝畑さん、イライラすると、小指を震わせる癖がありますよね」 柳井が微笑んで、キュッとオレの手を握った。 不意打ちにハッとして、手の温もりにドキドキし、イライラなんか吹き飛んでしまう。 「コーヒー、いれてきましょうか?」 手にした自分のカップを掲げて、ついでだから遠慮なくどうぞとアピール。 「あ……ああ、頼む」 こんな風に、オレは時々柳井に小さく恋をする。 けど社内恋愛なんてとんでもない。 ゴタゴタするのは御免だ。ましてや女子人気の高い男に想いを寄せてどうなる? そうやってオレは淡い恋心を消し去る。 柳井はオレより長身で、笑みも柔らかな細マッチョイケメン。 入社二年目で営業成績もそこそこの有望株だ。 オレは柳井の二年先輩で、営業成績は、まあ、ぼちぼち。 仕事は一生懸命やるけど、やや作業効率が悪い。 そこを見せないように必死で取り繕うが、オレたちの上司、岩下課長は、そんなオレのダメな部分を簡単に見抜いてしまう。 課長は30代半ばで、骨ばった体型、真面目さが外見に現れている。 だけど、おおらかで、偉ぶらず、辛抱強く、親身にオレの話を聞いてくれるいい上司だ。その落ち着いた声で相づちを打ってもらうだけで、オレは少し癒される。 この岩下さんも柳井同様、オレを惑わす事がある。 オレと話す時の距離は妙に近いし、微笑みは他の人に向ける何倍も甘い気がするし、すぐに肩にふれてくるし、『この人、オレに惚れてんじゃね?』レベルだ。 しかも、女子の「ホント岩下さん、溝畑くんのこと大好きですよね」という軽口に、「うん、本当コイツ可愛いよな」なんてあっさり肯定してしまう。 顔は中の上で、柳井と比べてしまうと2ランクくらい落ちるけど、男らしくて嫌いじゃない系統なのがまた困る。 勿論、ちょっとダメな部下を可愛く思ってるって意味だっていうのは、わかってる。 けど、『やっぱオレのこと本気で好きなんじゃね?』なんて期待して、ドキドキしてしまうのは止めようがない。 だからオレは岩下課長が、オレへの好意を肯定するたびに『そういう意味じゃないから』と自分に言い聞かせ、しかめ面になってしまう。 「そこまで嫌がらなくてもいいだろ?本当、溝畑は可愛いな」 可愛いと思ってるなら、二人だけで飯くらい連れて行ってくれてもいいだろうに、誘われるのは打ち上げだとか、職場の皆での飲みだけだ。 このことからわかるように、オレはオフィスラブに否定的なクセに、期待だけはバカみたいに大きく、あわよくばという気持ちも多分にありすぎる。 けど当然ながら、岩下課長は柳井をはじめ他の社員にも優しいし、柳井も岩下課長を慕い、頼りにしている。 結局二人とも皆に親切で、オレだけ特別ってわけじゃない。 いや……でも……。やっぱり……。 コーヒーを持った柳井が、岩下課長のデスクに手をつき、顔を寄せて小声で何か話している。 そして、柳井が岩下課長の手をキュッと握った。 え、何をしてるんだ!? 驚くと同時に、オレの眉間にキュッとシワが寄った。 あの二人が過剰に仲が良さげにしているところを見ると、必ずこうなる。 不機嫌になったわけじゃない。 むしろ逆だ。 ニヤニヤしてしまいそうになるのを必死でこらえている。 若いイケメンの柳井と、男らしい岩下さんのライトなイチャつきは、オレにとって心の栄養だ。 自分が好かれているかもと自惚れるより、よっぽど素直にドキドキできる。 この二人のオフィスイチャは、オレにとって毎日でも喰える美味しいオカズだった。 ただ問題は、オレの妄想内でどっちがタチかというポジショニングが決まらず、本番シーンがふんわりしてしまうということだ。 オレのお気に入りは、お互いの尻を指でねっとりかき混ぜながら、猛ったモノを擦り付けつつ、キスをするというシュチュエーション。 どっちが先か決められないからリバにもならず、男同士のレズプレイ。 二人とも優しいから、互いに相手を気持ちよくさせてあげたいに違いない……みたいな。愛だよな、愛。 そんな妄想を織り交ぜつつ、本日の締めとなる会議にのぞんだ。 全体会議が終わり、出てきた課題を詰めるため、部長の椿原さんと岩下課長、オレ、柳井で、小さな会議に移動。 「……じゃ、この路線でいいかな?」 「はい」 展示会参加の件だった。ブースのデザイン、取り扱い品の部署内の調整、基本的なところは固まった。 「あと、何か聞きたいこととかないか?何もなければ俺はこれから別の打ち合わせで出るが」 椿原部長の言葉にオレはうなずいた。 けれど。 「あ、そう言えば先日の打ち上げ時に、溝畑さん部長に一生懸命質問していたアレ、どうなりました?」 「えっ。オレ部長に何か聞きましたっけ?」 大きな案件が片付き、打ち上げとして飲み会があった。 でもあの時は疲れていたため酒に飲まれてしまい、途中から記憶がなかった。 「何かあったのか?」 岩下課長は一次会に顔を出してすぐに帰ったから、当然知らないはず……。 「岩下、例の件だよ。あんなにも熱心に相談されて、『調べておく』と言ってしまった手前、ほっとくわけにもいかんしな。まあ俺も実践したことがないし、適当な事を言うのもどうかなと思うが。頼んだもの、準備してくれたんだよな?」 「あ…………ああ。はい……デスクに置きっ放しにするのもどうかと思って……今、ここに」 妙に歯切れ悪く言いながら、岩下課長がカバンをテーブルに乗せた。 「だから課長、ここ数日カバンをずっと持ち歩いてらしたんですね。溝畑さん、きっとこれでもう大丈夫ですよ」 柳井がキラキラと眩しい笑顔を向けてくる。 これは……一体? オレの相談の事らしいのに、オレだけ事情が分からない。 「えーと、すみません。どの案件の話でしょうか」 「何言ってるんだ、溝畑くんが泣いて俺に相談したんじゃないか」 「そうですよ、これはどうにかしないとって僕たち本気で考えたんですから」 「え、それは……。部長、申し訳ありません。オレ、飲みの途中から記憶が……ちょっと……その、本当に申し訳ありません!」 頭を下げた向こう側で、三人が顔を見合わせる気配がした。 「まあ、記憶がなくとも、問題解決すればそれでいいよな。アレはたしかに、酒が入らずに話すのは難しい問題だし」 部長がポンと、オレの肩を叩いて、綺麗な顔に人好きのする笑みを浮かべた。 「よし、わかった。溝畑くん、後ろ向いて、テーブルに伏せろ」 わけのわからない指示だったが、上司二人を個人的な事で煩わせてしまった申し訳なさもあり、俺は速やかにテーブルに伏せた。 「コレ……でいいですか?」 「じゃ、このあとは岩下に任せていればいいから」 「は……い?」 「リラックスだ、溝畑くん」 「……はい」 「じゃ、ベルト外すよ?」 「は?なんで!………ですかっ、あ、ちょ……」 慌ててベルトを押さえ、今日、オレどんなパンツ穿いてたっけと、思い出そうとするけど思い出せない。 そして、パンツのことを考えてる場合でもない。

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