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第5話

ことが終わると、男は快感の余韻から抜けられないでいる俺をシャワールームに連れて行き、中に出したものの後始末をしてくれた。 もししらふだったら羞恥で身悶えしそうな行為だったので、快感で飛んだままで良かったと思う。 後始末を終え、ベッドにうつ伏せに寝かされて尻の中に薬を塗り、尻の上に保冷剤を置いてもらったあたりで、ようやく俺は正気を取り戻してきた。 叩かれた尻もめちゃくちゃにかき回された中もまだ痛いが、おそらく傷にはなっていないからそう長引くことはないだろう。 男はどうしているのだろうかと見ると、男はベッドのすみに腰かけて自分の右手のひらを保冷剤で冷やしていた。 考えてみたら、あれだけ長い間、それなりの力で叩き続けていたのだから、いくら革手袋をしていても手のひらは真っ赤に腫れていることだろう。 「普通はムチとか使うもんなんじゃないのか?  わざわざ自分の手を痛めなくてもいいのに」 俺がそう言うと男ちょっと首をかしげた。 「おや、平手は気に入らなかったかな。  たいていのMは道具を使われるよりも平手の方が喜ぶんだけどね。  まあ、君は初めてだし、そのあたりの機微がわからなくても仕方がないかな。  ああ、そうそう。  忘れないうちにこれを渡しておくよ」 そう言うと男は借金の領収書を出してきた。 「これ、さっき見せた借用書の金額からジムの査定額を引いた分だから。  これで君の借金はチャラってことで」 「……あんなので、体で払ったことになるのかよ」 「ああ、十分に楽しませてもらったからね」 「楽しんだって言うけど、ヤクザだったら人なんか殴り慣れてるだろ。  あれで本当に楽しかったのかよ」 俺がそう聞くと、男は苦笑しながらも答えてくれた。 「確かに人は殴り慣れてるけれどね。  けど、普通の人間は殴られたら痛がったり苦しがったりするものなんだよ。  君みたいに苦痛をそのまま快感だと感じられる人間は、Mの中ですら希少なんだ。  僕は叩くのは好きだけど、相手も叩かれて気持ちよくなってくれないと満足できないという、厄介な性癖の持ち主でね」 「……めんどうなやつだな」 「お互いにね」 そう言うと男は楽しそうに笑った。 「それにしても、いやに絡んでくるね。  もしかして、これで終わりにしたくないのかな?」 男に図星を指され、俺は言葉に詰まる。 確かに俺は、男に教えられた、この男でしか味わうことのできない快感をまた味わいたくて、借金でもいいからこのまま男とつながりを持っていたいと思っている。 「うーん、そうだね。  それだったら、僕を君のスポンサーにしてくれないかな?」 「スポンサー?」 「そう。  金銭的に君をサポートする他に、君のプライベートもサポートするよ。  例えば、いい試合をしたら、さっきみたいなご褒美をあげる……とかね」 男の言葉に俺は自分の体の奥が期待に熱くなるのを感じる。 「金銭的なこと以外でも、ボクサーとしての君にとっては悪くない提案なんじゃないかな?  私のように的確な痛みを与えられる存在がいれば、もう試合の最中の痛みに気を取られることはなくなるだろうから、今よりももっと試合に集中できるはずだ」 「それは……」 男の言うことにも一理ある。 今まではおそらく、試合の最中に殴られた時、無意識のうちに快感を得てぼーっとしとしまったことがあったのではないかと思う。 自分の性癖を理解できた今なら意識すれば試合に集中はできるだろうが、「ご褒美」を目の前にぶら下げられればより良い結果を出せそうな気もする。 「ああ、僕はヤクザではあるけど表向きにはこういう肩書きがあるから、君のスポンサーを名乗っても特に問題はないと思うよ」 そう言って男が差し出した名刺には「上條不動産 社長」という肩書きが書かれていた。 「お前、借金取りじゃなかったのかよ」 「ああ、僕じゃなくて弟分が金貸しをやっていてね。  僕はたまたま君の件を知って試合を見に行ったら君のことを気に入ってしまったから、借金を肩代わりすることにしただけだよ」 男はしれっとそう言ったが、本当にたまたまかどうかはあやしいところだ。 だいたい、会長がわざわざ金のない俺を選んで保証人に仕立てたこと自体、考えてみればおかしな話だから、最初から仕組まれていたような気がする。 「それで、返事は?」 「……考えておく」 はめられた可能性が高いとはわかっていたが、結局俺はその場では断らずに答えを保留した。 どことなく機嫌の良さそうな上條の顔を見ながら、たぶん俺はスポンサーの話を受けてしまうんだろうなと考えていた。 《終》

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