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黒狼の将軍

天気のよい昼下がり。逞しい体躯の男がサヴァジュ王国の城の回廊をドカドカと大股で歩いていた。その後ろを青年が慌てて追いかけていた。 「将軍、待ってくださいよ~」 将軍と呼ばれた男は黒い狼の頭をした獣人だ。サヴァジュ王国は金狼の王が統べる狼の獣人たちの王国だった。 「……新しい王様は甘ちゃんすぎる」 「アル将軍! ここは城内ですよ。声を小さく!」 将軍の名はアル・ハタルという。歳は40になったばかりだ。二メートル近い長身で、体格の良い狼族の中でもひときわ逞しい肉体の持ち主だった。黒い毛並みに金色の鋭い瞳。戦では負け知らずの男だった。 この日、王に呼ばれて久しぶり城に来たのだが、王から長期休暇を取るように言われたのだ。アルはそれが気に入らない。 「休戦協定からまだたった一年だぞ」 この狼族の王国はここ数年、獅子王の統べるネコ科の獣人の王国と争ってきた。だが、新しい王になってから休戦協定を結んだのだ。 若き金狼の王は平和主義者だ。それに獅子王の国は現在、内部の争いも多く、他国との戦に時間を取られたくはないのだ。 互いの利害が一致し、休戦協定を結んで一年。平穏な日々が続いていた。   だが、アル・ハタルはネコ科どもを信じていない。いつ手の平を反すかか分からない。獅子王の国の監視や兵士達の訓練は怠らなかった。 それを王に休暇を取り、将軍も兵士達も戦を忘れて休むように命じられたのだ。 「ですが、ここ一年なにも問題はないじゃないですか。兵たちも休暇は必要ですよ」 「ネコどもは気まぐれだ。忠誠心も薄い。だから内戦なんかで揉めてんだろ。いつ矛先がこっちに向くかわからん」 「ですが、王の命令ですから……」 「前王の時代は良かった」 「将軍!」 ズケズケと物を言う将軍に部下の獣人が冷や汗をかいた。ここはまだ城内なのだ。将軍は戦では無敵だが、政治ごとは苦手だ。不満を隠すこともなく、不機嫌なまま歩き続けた。 アルが自宅に戻ると幼馴染のテオスが庭のベンチに座って待っていた。 「おかえり」 「何しに来た」 テオスはニヤニヤ笑ってアルを見た。テオスは灰色の毛並みに青い瞳の獣人で、アルよりは少し小柄だが無駄の無く締まった体格をしていた。 「強制休暇おめでとさん」 ……耳の早い。 アルはテオスをぎろりと睨んだ。 「お前は働きすぎなんだよ。戦バカ。兵士たちも休みを喜んでるって」 「お前が言うな」 このテオスも兵士だ。へらへらと笑っているが、戦場では鬼となり敵を切り捨てる。アルと違って、オンオフの切り替えがハッキリしていて、戦の無いときはしょっちゅう訓練をさぼって遊び歩いていた。 「まぁまぁ。せっかくだし、ディザの別荘に行こうぜ。誘いに来たんだよ。戦バカの幼馴染を」 「……」 「とりあえず家に入れて。酒買ってきたし。飲むだろ?」 「……飲む」 テオスは尻尾をふりふり、アルについて家の中に入って行った。

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