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オークション
結局、幼馴染に押し切られ、町にいてもする事も無かったので別荘地に行くことにした。ディザは貴族連中が休暇を過ごす町だ。年中変わらぬ気候で風が心地よい。それに娯楽に富んだ町だった。
アルは叔父から譲り受けた別荘をディザに持っていた。テオスは休暇の度にディザに遊びに来ている。ここは色町でもあるのだ。裏では外国の娼婦や変わった遊びができる事でも有名だった。
アルの別荘は町中から少し離れた静かな場所にあった。ひとり静かに過ごすのも良いかと思ったが、着いて早々テオスに誘われて渋々夜の町へ繰り出した。
「今夜はちょっと面白いところに行こう」
「お前が面白いって言うんなら、悪趣味な場所ってことだな」
「まぁね」
テオスはニヤリと笑ってアルを見た。案内された建物は古いアラブ風のレストランだった。テオスが店員に何か囁くと、頷いた店員に店の奥に通された。店員はアルをチラリと見て、一瞬怯えたような顔をしたが気にせず奥に入った。
なにやら怪しげな香と暗い照明がいかにもな感じでアルは溜め息を吐いた。円形のステージを囲むようにテーブルが配置されていた。すでに客が入っていた。ふたりは前の方の席に座って酒を注文した。
「そろそろ教えてくれ。ここは何だ?」
「ペットのオークション会場」
「は?」
「愛玩用の……まぁ、見てからのお楽しみ」
アルはため息をついて酒を飲んだ。
しばらくすると客席の照明が暗くなり、ステージが明るく照らされた。もっともらしい黒のマスクをした男がステージに立ち、うやうやしく頭を下げた。
「月に一度のイベントにおいでいただき、ありがとうございます。今宵も皆さまにご満足いただける商品をご用意できました。お楽しみいただけると幸いです」
アルは眉間に皺を寄せてステージを見た。これは……
「おい。まさか……」
「しーっ、静かに」
ステージにネコ科の女が引きずり出された。しなやかな肢体に金色の毛並。ベルベットの首輪から細いチェーンが垂れ下がっている。客席から買い値を言う声が次々と聞こえた。
───奴隷市場か。
「……悪趣味すぎる」
「ここじゃ合法なんだよ。他国の愛人は町には連れ帰れないからディザで囲うんだ。貴族達の嗜みさ」
アルはテオスを睨んだ。この幼馴染は悪ふざけが好きだが、今回は悪趣味すぎる。こんなものを見て楽しめるわけがない。早く帰ろうと思い、酒を一気に流し込んだ。
「待って。ほら、君に見せたいのはあれだ」
次にステージに上げられたのは両手を背後で繋がれた人間の少年だった。
「お客様方。実に珍しい『野生の人間』です。ハンターがたまたま捕まえました。未調教ですので、気性の荒いのがお好みの方におススメですよ」
人間は数が少ない。国を持たず森の中の集落に少数で暮らしている。獣人よりもずっと体が小さく、牙も毛皮も持たない。半人半馬のケンタウロスの国では保護種として人間保護地区で暮らしている。狼族の国では森の奥で隠れるように生息していた。
アルは人間を見るのは初めてだった。人間の少年は柔らかそうな象牙の肌に黒い髪、金茶の瞳をしており、全裸に黒革の首輪だけを嵌められていた。
じっと少年を見ているアルにテオスが言った。
「黒い毛並だ。お前と同じ」
狼族では黒はあまり好まれない色だった。
黒狼には体が大きく、気性の荒い者が多いので黒狼はもれなく兵士にされた。
黒狼どもは戦場で誰もが嫌がるおぞましい事をやってのけるからだ。だからサヴァジュ王国は戦の強い国なのだが、貴族や町の者達からは「野蛮だ」と忌み嫌われている。先程の店員もアルに怯えたのだ。
同じ戦士からも一線引かれているが、テオスはアルに対しても全く態度を変えない。
だから長い付き合いの悪友なのだ。
「目の色も似てる」
小柄な少年は縛られ猿轡を噛まされていた。小さく震えているようだが、大きな金茶の瞳には力があり客席を睨みつけている。
「気も強そうだ。お前のガキの頃に似てる」
「……」
客席からぽつぽつと買い値を言う声が上がっている。人間は珍しいのだが、黒は人気が低い。今の最高金額は280だ。
「それでは、あちらのお客様に……」
「500出す」
深く考える前にアルは最高額で買い落としていた。
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