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人間の少年

「はぁ……」 アルは盛大なため息をついた。衝動的に人間の少年を買い落としてしまったのだ。テオスは終始にやにやとアルを見ていた。 それに結局、テオスは奴隷は買わなかった。「俺はおまけ。メインはお前。奴隷なんか欲しくないしね」と、しれっと言ったテオスをアルは唖然と見た。最初からこの人間の奴隷をアルに見せたかったのだという。 「引退したファイサル将軍、今はこのディザに住んでるだろ。人間の奴隷と一緒に暮らしてるんだよ。めちゃくちゃ癒されるって聞いてさ。お前にもいいんじゃないかって閃いたんだ」 特に今回は黒い髪の人間だ。アルは興味を持つだろうと思ったのだ。本当に買い落とした時は正直驚いたが。 アルは恋人なぞ作らない。娼婦とも遊ばない。特定のセックスフレンドはいるが、相手の女も兵士で戦友のような関係だ。恋人のような甘い雰囲気なんぞ皆無だった。結婚する気も無いのだ。 ファイサルの話を聞いて、休戦中の今、気晴らしに人間を飼うのもいいかもしれない。そう閃いたテオスはアルをオークションに連れてきたのだ。 「まぁ、楽しめよ」 「……楽しむって、こいつでどう楽しむんだ?」 「セックス」 テオスの言葉にアルはブホッと酒を噴出した。 「体は柔らかいし、気持ちいいらしいよ。その為の道具は店が用意してくれるし」 「あんな毛の無い猿みたいなのとヤレるか!」 アルは耳を伏せて不快そうに言い放ったが、テオスはにやにや顔のままだった。 テオスの言ったように店の者がソレ用の卑猥な道具やケージを用意しており、一通りの説明も受けた。アルは不本意だが少年を連れ帰ることにした。どうにもならなくなったらテオスに押し付ければいいと思った。 店から引き渡される時、少年は暴れるので薬で眠らされていた。 「店の馬車で送り届けますので……」 「いや、いい。このまま連れ帰る」 赤ん坊のように小さな人間だ。大げさにする必要も無いと思い、アルはひょいと少年を抱きかかえた。 ───軽いな。空気のようだ。 あまりの軽さに少し驚く。そんなアルの行動に店の者は驚いていたが、アルは気付かなかった。 道具は自分の馬車に積ませて、アルとテオスも馬車に乗り込んだ。先にテオスを別荘に送り、アルは自分の別荘に帰った。 「アル様、お帰りなさいませ……!? その者は?」 「ああ。テオスの悪ふざけだ。気にするな」 ディザの館での召使いが驚いた顔でアルの抱いた人間を見た。アルはめんどくさそうに説明して、召使いに荷物を運ばせた。 とりあえず空き部屋のベッドに寝かせて、ケージを組み立てることにする。 「私が……」 「ああ。いい、いい。自分でやる。お前はもう下がって休め。夜も遅いしな」 アルは召使いを下がらせて、自分でケージを組み立てた。 「なんだこりゃ。オモチャか? 簡単に壊れそうだぞ」 アルは組み立てたケージを指でつついた。だがこれで十分だと店の者は言っていた。 ケージの中に枕とシーツを敷いて、少年を寝かせた。眠る少年の頬をつついてみた。生まれたての赤子のように柔らかい肌だ。 こんなのとセックスなんぞできるか。あほらしい。   アルはまた溜め息を吐いて、ケージの扉を閉めて鍵をかけた。そして自分の寝室へ行き眠る事にした。 翌朝。アルは夜明け前に目覚めた。テラスで朝日を見るのが日課だった。アルはどこにいても朝日を見るようにしていた。 戦場にいても朝日の美しさやエネルギーは同じだ。自分にも新たな力が満ちていくように感じて気分がいいのだ。日が昇るのを見届けて、人間の少年の様子を見に行くことにした。 「起きていたか」 少年はすでに目覚めており、ケージから逃げ出そうと華奢な手でケージを揺らしていた。 「……ッ!?」 少年はアルを見てビクリと体を揺らした。一瞬怯えを浮かべたが、すぐに金茶の瞳でアルを睨みつけた。 「元気だな。腹は減っているか?」 「……イレ」 「は?」 「……トイレいきたい」 アルは少し驚き、目を見開いて少年を見た。人間がトイレなぞ使うとは知らなかった。店の者は何と言っていたか……。 「お前、トイレを使うのか。小便はその辺でするのかと思ったが」 だから調教が必要なのだと思っていた。野生の人間なのだから。少年はアルを睨みつけて怒鳴った。 「お前ら獣と一緒にするな! ケダモノ!」 「あぁ?」 アルは目を細めて少年を見下ろした。 「ケダモノだと? そのケダモノにお前は買われたんだぞ。口の利き方に気を付けろ」 「黙れ! 野蛮人! ここから出せよ!」 ケダモノ、野蛮人。貴族どもからよく言われるフレーズだ。慣れた言葉だが、この少年に言われると無性に腹が立った。 「そこで小便すればいいだろう」 「なっ!? 嫌だ! 誰が……っ!」 「嫌なら我慢しろ。俺は朝飯だ」 アルは踵を返して部屋を出た。 「ちくしょう! 出せ! ここから出せよ!!」 少年が叫んでいたが、無視をしてダイニングへ向かった。 アルは朝食をすませて、再び少年の部屋を見に行った。静かになっている。 部屋に入りケージを見ると、少年が膝をかかえて顔を埋め震えていた。シーツに小便の染みが広がっていた。 「何だお前。我慢できずに漏らしたのか。どっちが野蛮人だか」 少年が顔を上げて涙に濡れた瞳でキッとアルを睨んだ。 「お、お前が……閉じ込めるから……っ」 「しかも泣いているのか。恥ずかしいのか?」 「あたりまえだろッ!!」 アルは素直に驚いていた。人間は未熟な生き物だと思っていたのだ。獣人たちのように文化的ではなく、森で四つ足の獣のように生きているものだと思っていたのだ。 小便を漏らした事を恥じて泣くなど意外で驚いた。そして、この人間の少年に興味を持った。 「出ろ。小便臭くてかなわん」 「……」 ケージの扉を開けると、ぽろりと涙を零しながら少年はおずおずとケージの外に出てきた。裸に首輪だけの少年をアルはひょいと抱き上げた。 「おろせ! なにすんだよッ!?」 「汚いから洗うんだ。お前風呂を知らんのか?」 「知ってる。自分で歩く! おろせって!!」 「黙れ。小便漏らしながら歩かれたら困る」 「だっ、誰が漏らすかよ! おーろーせ!」 「漏らしたじゃないか」 ぎゃーぎゃー騒ぐ少年を抱えたまま、召使いにケージの掃除をするように命じて、アルは風呂場へ歩いた。 風呂場で湯をかけて、暴れる少年の体を洗った。あまりに暴れるので、アルの服もびしょびしょに濡れてしまった。 アルは少年を床に伏せにして、足で軽く背を踏んで押さえつけたまま衣服を脱いだ。 「……ううっ……苦し、足どけよっ!」 「暴れるな。いい加減イラつく」 裸になったアルは足をどけてあぐらに座り、少年を膝に抱きかかえた。 「自分で洗えるから、離せよ! 出て行けっ!」 「本当に威勢がいいな。お前のせいで濡れたから、俺も朝風呂に入る。大人しくしろ」 アルは大きな手で少年の裸体をソープの泡で撫でまわした。華奢な手で抵抗をするが、赤子のような力でくすぐったいくらいだ。 「……も、やだ」 少年は悔し気に泣きだした。暴れ疲れてぐったりした少年を、これ幸いと隅々まで洗った。 本当に柔らかい肌だ。体臭も薄い。生まれたばかりのウサギの赤ん坊のようだ。 そんな事を思いながら泡を流し、一緒に湯船に浸かった。大人しくなった少年に気をよくして、「お前、名前はあるのか?」と、聞いてみた。 「……あんたなんかに言わない」 「次からトイレを使わせてやろうと思ったんだが」 「……ハヤテ」 「風の吹く音のことだな」 「……いつも遠くに行きたがってる……名前の通り、風みたいだって言われる……」 「そうか。俺はアルだ。ここには休暇で来た。悪友の悪ふざけでお前を飼う事になったが人間に興味はない。俺をイラつかせるな、大人しくしてろ」 アルの言葉にハヤテはふり返って縋るように言った。 「じゃあ、じゃあ俺を自由にしてよ。帰して」 「……」 確かに人間なんぞに興味は無い。だが、何故かこの少年を手放す気にはならなかった。 「だめだ」 「なんで!?」 「お前に500も払ったんだ。値段の分は働いてもらわないとな」 「……そんなぁ」 少年はしょげたように俯いた。そんな仕草を見て、なぜかアルは胸をくすぐられるような気持ちになったのだった。

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