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躾
ハヤテは狼族の王国の隅っこの森の奥にある人間達の小さな村で生まれ育った。
大人達は獣人の絵を描いて見せて、その野蛮さや獰猛さを語った。時折、獣人に捕まり連れ去られる者がいるのだ。あの大きな牙でバリバリと頭から食われるのだと大人達は話していた。
ハヤテは好奇心が旺盛で、獣人達の町が見える場所までこっそり行っていた。夕暮れには町に火が灯り、幻想的だった。
『お前はいつだって遠くに行きたがる。良い事なんて何も無いよ。この村で慎ましく、平和に生きるんだよ』と、祖母によく言われていた。けれどハヤテはいつだって自由にしていたかった。
あの日も、こっそり村を抜け出して夕暮れの獣人達の町を山の上から眺めていた。
背後に気配を感じて振り返った時には遅かった。獣人に首根っこを掴まれ持ち上げられた。
『人間のガキだ』
『ディザの店に持ってきゃ売れるぞ。人間のペットを欲しがる貴族の馬鹿がいるからな』
大きな口。鋭い牙。夕暮れに光る獣の瞳。
自分の何倍も大きな狼の獣人を初めて見たハヤテは頭が真っ白になった。
───た、食べられる!?
恐怖に無我夢中で暴れたが布袋に放り込まれて、獣人の狩人に担がれディザへと連れていかれたのだ。
そしてパニック状態のまま店に出され、この黒い狼の獣人の家に連れてこられた。
今なら祖母の忠告を素直に聞いただろう。ハヤテの心は後悔でいっぱいだった。
アルらハヤテを抱き上げて風呂から上がり、濡れた体を柔らかなタオルで拭いた。
体を洗ってから自分を食べるのだろうか?
ハヤテは恐る恐るアルを見上げた。
「何だ? 腹でも減ったか?」
「……お、俺の事、食べるのか?」
「はぁ? アホか。お前なんか食うか」
アルの言葉にハヤテはホッとしたが、その言い方にムッとして言い返した。
「あんた達は人間を食べるって、だから獣人に見つかると捕まえられちゃうって」
「なんで人間なんか食うと思うんだ?」
「け、獣だから」
今度はアルはムッとした。まただ。獣だの野蛮人だの、この少年の言葉は無礼でムカつく。人間のクセに生意気だ。
「俺からすれば、お前らの方が野蛮だがな」
体を拭いたタオルを放り投げて、召使いが用意した着替えを着た。
「飯をやる。ついて来い」
「待ってよ! 服!」
「は?」
「俺の服! 返せよ」
アルはまたまた驚いた。
「お前、服着るのか?」
野生の人間だ。森で裸で生活しているのかと思っていた。
「無理矢理脱がされたんだ! 野蛮な獣人に! だから服を返して!」
また野蛮と言った。なるほど。店の者が言うように躾が必要だ。
「お前に服は必要ない。ディザの気候だと裸でも寒くはないだろう。飯の時間だ。ついて来い」
「……最低だ。ケダモノ」
少年は渋々アルについて歩いた。
「人間は何を食べるんだ? 生肉は食うのか?」
「生肉なんて食べない。パンやお米や野菜だよ。あんた達とは違うから!」
アルは少年の言い方にカチンときた。いちいち気に触る言い方をする。
「……」
無言で少年の手首を背後で一纏めにして紐で縛った。
「痛い! 何するんだ!?」
そして召使いに野菜のスープを用意させた。
「食べろ」
スープ皿を床に置いて言った。少年は戸惑ったようにアルを見上げた。
「どっちが主人で、どっちがケダモノか分からせてやる。這いつくばって食べればいい」
「……馬鹿にすんな! こんなものいらない!!」
ハヤテはスープ皿を蹴った。召使いが慌てて床に溢れたスープを拭こうとするのをアルが制した。
「あっ!」
大きな手でハヤテの小さな頭を押さえつけて「舐めて綺麗にしろ」と、命じた。
「い、嫌だっ!!」
「アル様! 私が片付けますから! 人間といえど、まだ幼い子供です。どうか暴力は……」
召使いの言葉にアルは押さえつけていた手を離した。ハヤテは目に涙を浮かべて小さく震えている。ついムキになってしまった。バツが悪くなって、アルはハヤテに聞いた。
「お前、歳は幾つだ?」
「じゅ、15」
アルも片付けをしていた召使いも驚いてハヤテを見た。15と言えばもう大人と変わらない体格のはずだ。大抵の獣人は身長は180を超えて、16には成人する年齢だった。
「嘘だろ。10歳くらいじゃないのか?」
「15だよ!」
アルはまじまじとハヤテを見ていたが、ひょいと抱えて歩きだした。
「15ならもう大人だ。だが、お前は幼児のように躾がなっていない。罰として今日は飯抜きだ」
紐を解き、ケージの中に放り込んだ。ハヤテはケージの柵を掴んで揺らして叫んだ。
「ちくしょう! 出せ! やっぱりあんたはケダモノだ! 最悪! 野蛮人!」
「好きなだけ吠えてろ」
ケージに鍵をかけて、アルは部屋を出て行った。
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